[携帯モード] [URL送信]

イヴ
もう一度会いたくて



いつだったかな。
私小さい頃、泣きながら駆け込んだ場所がある。

あれは、そう…おじいちゃんが死んだ日。
『死ぬ』って意味を痛切に感じて、泣きながら雨の中走った。
どんなに騒がしいところに行っても、空しさは晴れなくて。
涙はずっと止まらなくて。
結局、迷い込んだ場所。


そこで私は頭を撫でられてこう言われた。

「雨のあとは、必ず日が差すでしょう?それと同じで、涙もやがて晴れるんです」

そう言われて、なおさら涙がとまらなかった。
どこかに突っ伏して、えんえん声を上げた。

「泣きなさい。今はそれが、最良の改善策です」



「美乃里?もう朝よ?」
現実に引き戻される声。
ああ、もう朝か。

「ってことは…夢?」


懐かしくて、なぜだか温かな…夢。







「美乃里!あんた昨日結局どこ行っちゃったのよ!」
夏菜が私の胸倉を掴んで、ブンブンと私の頭を振る。
「ちょ、夏菜、ここ校門…」
「あんた来ないから、どれだけ心配したと思ってんのよ!!」
「ご、ごめ」
「まぁ、今回の合コンは失敗だったから、来なくて正解だったかもね」
チハルが夏菜の影から出てきて言った。
「…そうなの?」
「うん」
「東城円いたしね」
ニヤニヤしながら、夏菜がチハルの腕に肘で突付く。
「…東城円?」
私が聞き返すと、チハルは玄関に向かって歩き出した。
「だれ?東城円って」
「天敵だよ、チハルの」
「へぇ…」
クールなチハルが、あんな風に感情を丸出しにするなんて、珍しい。



そういえば。
と、黒板を見上げながら心の中で思った。
(そういえば、今日はあの曲がり角で彼に会ってないや)
音のない映画のように授業が進み、私は窓の奥に見える空を見上げていた。
夏を迎える高い空。
(なんていい天気なんだろう)


「あれ?美乃里ここで降りないの?」
有栖川駅で、夏菜とチハルが私の異変に気付く。
「うん、今日はちょっと」
かすかに微笑して、閉まる電車のドアを見ていた。
「これから私とチハルは街の方行くんだけど…もしかして美乃里も?」
夏菜が私の顔を覗き込むように見てきた。
「私は、その街の裏側の、教会に」
「????」
タオル返さなくちゃ。



昨日はどんな道を歩いたっけ。
思い出そうとしたけれど、ボケ―っと歩いていたせいで、道順は覚えていないことに気付いた。
「どうやって昨日の教会に行くんだろう」
周りをきょろきょろ歩くと、次第に見たことのある景色に気付いた。




そうだ!ここのあたりに教会があるはず!
ちょうど道路に水をまいているおじいさんに声をかける。
「あの、ここの近くに教会ってありませんか?」
「……あ〜?」
口を丸く開けて、それだけを発したおじいさん。
ボ、ボケてるのかな。
「あの、綺麗なステンドガラスの」
「…ん〜?」
今度は頭を傾けて考え込んでしまった。
ダメだ、こりゃ通じていないのかも…。

私はタオルを握り締めて再び歩き出した。
どうしよう。
このまま会えないのかな。

すごくキレイな、笑顔の人だったのに―――…



「ミノリ!」
片言の言葉に違和感を覚えて、でも確信して振り返った。
振り返ると、あの金髪の神父さんが、手をブンブン振っている。
その後ろには、真っ白な大きな教会。
「…さっきあんなもの見たっけ」
確かにこの道を歩いてきた。歩いてくればあの教会にも気付きそうなものなのに。
神父さんに呼び止められて、初めて教会に気付くなんて。
「ミノリ、だよね?今日も会うなんて、ハッピーだ!」
そう言ってニッコリ笑う神父…イヴ。
「イヴさん、あなたにタオル…」
「なにそれ!」
タオルを差し出そうとした瞬間、イヴが盛大に笑う。
「「さん」なんかいらないよ。ボクら、もう友達でしょ?」
太陽の明るい光が、イヴの髪や顔を照らした。
光に透けるような白い肌が、なんとも美しくて。
笑った顔が、私よりも年下に見えそうなくらいあどけないものだった。
「じゃあイヴ、えっと、タオルを…」
男の呼び捨てなんて、なんだか照れ臭くて声が小さくなった。
けれどイヴはそれを聞き逃さずにニッコリ笑ってタオルを受け取る。


「ね、マリアに会っていかない?」
「え?」
「教会、寄ってかない?」
イヴが親指で背後を差した。
「でも私のうち、仏教だし」
「関係ないよ!」
そう言って、イヴは私の背後に回りこみ私の背中を押した。




煌煌と燃えるキャンドルに、私の目は奪われた。
眼前にそびえる、巨大なステンドガラス。
みんながここに訪れないのが、不思議なぐらいの美しさ。
夕焼けに照らし出されたステンドガラスの光は、私の全身に降りかかった。
「…やっぱりキレイだな。この教会は」
「…そう?」
奥から紅茶を持ってきたイヴが、私と一緒にステンドガラスを見上げる。
「じゃあ、見たいときいつでも来なよ」
「それは無理かな」
微笑して頭をかいた私。
「どうしてさ?」
イヴが不思議そうに私を見る。
「…だって、私ここまでの道順、いまだに覚えてないの」
そう言って、私はイヴを見た。
けれどイヴは、驚いてもなく一緒に笑ってもいなくて。
リアクションがないまま、彼はステンドガラスを見上げた。
「…ごめん」
沈黙がなんとなく嫌で口に出す。
「…何が?」
優しい青。
周りのキャンドルに照らされて、揺らめくサファイア。
それが、イヴの瞳の色。
微笑して私を見る瞳は、ホントにこの世の者とは思えないほどきれい。
「謝るなんて変。ミノリはなんもしてないよ」
そう言って、イヴは私へティーカップを差し出した。
かすかに指先が触れ合って、胸が震えた。
「う、うん」
顔がカーッと赤くなった。
紅茶の水面に映る私の情けない顔。
イヴとつりあいそうにないや…。
「それ飲んだら帰りなよ。ママが心配してる」
そう言って、イヴは立ち上がってデスクを拭き始めた。
その姿を見て、彼がいかにこの教会を大切にしてるかわかる。
「うん…」
胸が温かくなった。
それは、紅茶の温かさのせいじゃない。

なに…?
じゃあ、なんのせい…?






[前へ][次へ]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!