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小野寺 夏生
ハイ【完】

いよいよ大会当日になった。
正直、大島弓道場って知らないんですが。
まぁ、意地でも行くけれど。


電車に乗って、大島町まで向かう。
過ぎ行く景色が徐々にビルから田園に変わっていって。
トンネルをすぎると、そこは別世界だった。


青々と茂る野道。
木々が、初夏の風に揺れてザワザワ騒いでいる。

すごく癒される…場所だ。



駅前で呆然としている私のポケットでケータイが鳴る。慌てて開くと、夏菜からのメールだった。

『勝負だね!ほら、このアドレス送ってあげるよ!』

下へ下へ読み進めるうちに、見えたのは…夏生くんのアドレス。
いや知ってもなぁ。


ケータイを閉じて、歩きだす。
いちおう『大島弓道場』の看板があった。これを目印に行ったらいいのかな。






歩きだして、しばらく経った。
いや…かなり経った。
けれど一向に目立った建物はない。

いつもの「よし!」って大きな掛け声もなかった。
「はぁ、もう10時半?1回戦終わっちゃったかも」
ため息をつきながらコンビニに入る。
どれくらい歩いただろうか。
看板を見てから直進して、そのあとの指示がなかった。
これじゃ今日行けるのか不安になってくる。
「でも、約束したし…」
お茶のペットボトルと睨めっこしながら、そう呟いた。

私の行動力…それはあなたの些細な約束。
だけどそれが、大きな力を生んでいる。
「いらっしゃいませ」と言う店員の声にハッとして顔をあげた。
見ると、はっ袴着てる!弓道着だ!
何かを買いに来たのだろうか。
袴の男子数名がコンビニでおにぎりを見ている。
近い、近いんだ。大島弓道場に。


―――――――キミに。





彼らの後ろを怪しまれないようにそっとついていく。
いや、かなり怪しまれていた。

けれどそれでも歩を進めるうちに、目指す建物が見えてきた。


西高にある弓道場とは比べものにならないほどの大きさ。
そして木造の建物からにじみ出ている厳格さや威厳さ。日本らしい趣がある。
1階しかないのに、3階くらいまである高さ。そして30メートル先に的が置けるように、長く広い敷地。
こののどかで雄大な土地だからこそできた弓道場だ。
「すごい…」
たくさんの高校の生徒がいる。
一般人もたくさん。
とにかくみんな射る人を見ていた。
その迫力に負け、私は呆気にとられていると、なにやら道場の入り口でもめる声が。



「どうしたの小野寺くん!残念だなんて!」
「そうだよ!何か体調でも悪いの?」
「…何でもないよ」


声のする方に向かうと案の定、夏生くんと女性多数。
囲まれてウンザリしている夏生くんが見える。
「自分的に会がなかったって反省してる。次はちゃんとあてるよ」
「ホントに!?このままじゃ決勝すら…」
「………………」

それ以上、彼を見ていることはできなかった。
私には見せたことのない表情。
悔しさ、苛立ち、嫌悪。すべて自分に投げ付けて、責めて…。

「ごめん、ちょっと反省してくる」
「小野寺くん!」
女性の波をかきわけて角を曲がってきた彼。
私はとっさの出来事に隠れることもできずにその場で立ち尽くした。







「…美乃里?」
驚いて目を見開く彼。
盗み聞きしていたのがばれて、真っ赤になる私。
「…来たんだ」
ポツリと呟く彼。
それはなんていうか…安堵の声。
「1回戦は終わったんだ。2回戦は見てけよ」


元気のない彼の声。
いつもの力の100分の1の力で私の頭をポンと叩く。
「…夏生く…」
通り過ぎる彼を追うように声を出した。
けれど、かける言葉が見当たらなくて。
ただ胸が締め付けられるように痛い。

耐えられなくて……追い掛けた。




「夏生くん!」


道場の裏手側。
日本の庭園のように美しい場所が広がっている。
弓道着を着た彼が、見事にその庭園にはまる。

彼は私に呼ばれたけれど、…立ち止まりも振り向きもしなかった。


「あのっ、残念って?」
追い付いて彼の背中に投げ掛ける。
かすかにうつむく彼の後頭部を見上げた。

彼の足が、止まる。

「…1射もあたらなかったことをそう言うんだ」
それを言われて、私はしまった!と思った。
地雷を踏んでしまったに違いない。

彼を責めたくはなかった。


「次2回戦なんだってね?お、応援してるよ?」
精一杯明るい声で投げ掛ける。
けれど元気のない背中。




木々が揺らぎ、大きく騒めいた。
髪が顔に張りつく。
その髪を押さえながら、彼の背中を見つめた。

どんな言葉を言っても、キミは振り返らない?
どんなに慰めても、キミは笑ってくれない?
私じゃ…役不足?


彼のクルクルの髪もかすかに揺れた。
その毛先をボーッと眺める私。
その時間はわずかだったのかもしれない。けれど妙に長かった気がする。


「…美乃里」
いつからだろう、呼び捨てなのは。
最初からだったっけ?
いまさらながらドキっとした。
「…な、なに?」
明らかに緊張した声で返す。
平常心などどこにもない。
「今から言うこと、全部「ハイ」って言えよ?」
相変わらずの背中。
けれど、彼のその一言で雰囲気がガラリと変わった。
「え?う、うん」
わけもわからず、とにかく頷く。






「…今日、迷わず来れた?」
「…?ハイ」
ちょっとウソだけど。
「弓道って楽しそう?」
「ハイ」
夏生くんを見てると楽しいってわかるよ。
「…気分は?」
「…………ハイ」
…なんだこのギャグみたいな会話。
「呼吸する器官は?」
「…ハイ」
徐々に呆れた顔になりながら、私はそれでも「ハイ」を返す。
ふと、かすかな間。
それまでには見られなかったかすかな間が、挟まれた。
彼が口を…一瞬つぐんだ?





「…試合、見てくれる?」
「ハイ!」
「…明日の個人戦も?」
「ハイ」
「…あさっても?」
「…平日もあるの?」
少し驚きながら聞く。
けれど返事は…ない。
「その次の日も見てくれる?」
「…………」
「…一生」



鼻をくすぐる夏の風。
湿気を含んだ土の匂い。
遠くで響く声。
キミの…照れた横顔。



「…ハイ」

目頭が熱くなった。
夢じゃないかな。


「…ホントに?」
「ハイ」
「あたらなくても?」
「関係ないよ」
首を振って笑う。
ねぇ、キミはどんな顔してる?
私、こんなに笑えてるよ。

――――キミの一言で。


「小野寺!そろそろ2回戦だぞ!」
私の背後で、先輩らしき人が叫ぶ。
夏生くんがそれに反応して振り返った。
「今行きます!」
先輩のあとを追い掛けるように彼が走りだして、私とすれ違った。
バタバタと走っていく彼。
「美乃里!」





道場に入る瞬間、彼が私を叫ぶ。
振り返ると、かすかに息を切らした彼が笑っている。
「オレもお前が好きなんだ…!」

顔を押さえて、こぼれる涙を隠した。
うれしくて仕方なかった。
今までの意地悪が、やさしさに変わっていく。
キミが小悪魔から、恋人に変わるよ。

季節が春から夏へと移り変わるように、私たちの心も熱くなっていくね。


キミが大好きだと、今叫びたい。






*END*


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あきゅろす。
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