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小野寺 夏生
溢れる気持ち、涙

まだまだ晴れが続く5月の終わり。
中間テストもなんとか終わって、あとは梅雨を乗り越えるだけ。

そのあとに待っている期末は、今は無視!


「大会に来いって?誘いだよね」
チハルがニヤニヤして私を見た。
「てか、いまだに私たちブラック夏生が想像できないんだよね」
夏菜はジュースを飲みながらメール画面を見ていた。
もちろん見ているのは夏生くんのメール。
読み返しながら、色々思考をめぐらしているみたいなんだけど。


その姿を見て、単純に「いいなぁ」と思った。
私はメアドも何にも知らない。
知ってるのは、あの意地悪な小悪魔だけ。

「超おいしいよね」
「かなりね」
2人が言い合って頷いた。
「そのジュース?」
「バカ!」
チハルがすかさず言う。
…じゃあ何が?
「とにかく大会見ておいでよ。てかあんたの先日からの行動力…。もう行く気なんでしょ?」
下を見ながら頷いた。
だって接点がない今、こんな少しの可能性にでも賭けたいんだ。









いつものように電車をおりて、駅前を見回した。
たくさんの西高生徒。あといろんな制服の人が歩いている。
私は駅前があんまり好きじゃない。
中学の友達がそんなにいるわけじゃないし、会っても話すこと特にないし。
夏菜とチハルがどれだけステキな友達か、高校に入ってから実感したくらいだ。
あまり周りをジロジロ見ずにただ歩きだした。
「キャハハハハ!」と女子高生特有の笑い声。…やっぱ苦手だ。






「待ってよ」
肩をつかまれて、心臓が口から飛び出そうになった。
驚いた。突然肩を叩かれたわけだし。


だけどそれよりも…。
「無視はないだろ、無視は」
弓道具を背負って立っている夏生くん。
暑いせいか乱れた制服にドキンとする。
「あ…」

何を言っていいかわからずに、喉からビミョーな声が漏れる。
「帰り道?」
「えっ?あ、うん!」
真っ赤になりながら、必死に答える。
うれしい!すごい!
駅前で会えるなんて!
「じゃあ…」と夏生くんが話題をめずらしく切り出した。
「気になってたんだけどさぁ、前どうして西高に来た?」
「え!?」
逃げられない直球の質問に、真っ赤になってしばしうつむいた。
いっ、言えないよ!

「…美乃里?」
彼が私の顔を覗き込んだ。
ヤダヤダ!こっち見ないで!
「近くに親戚の家があるの!だからついでに寄ったってか、そう!帰り道なの!そうなの、親戚の家からの帰り道だったの!」
「…西高の敷地内まで?」
うっわ、バカ。
「そ、そこが近道だったから」
「ふぅん」

折っていた腰を元に戻して、夏生くんが冷たい視線を向けてくる。
…え?私なんか失敗したかな?
「…そんな理由、却下だろ」
「え?」
「言え」
「な、何を…」
我ながらうまい理由だと思ったのに、彼にはバレバレってこと?
「言えよ」
たくさんの人が往来する駅前で。
私は見事たじろいだ。
これじゃ告白をしろって言われてるようなもんだよ。

告白なんか無理だよ。
たくさん人がいるじゃない。
それに叶わないってわかってる。
私より魅力的な女性はわんさかいるんだから。

だから、…やめてよ。
これ以上意地悪しないで。





涙がこみあげてきて、顔を背けた。
見られたくなくて、逃げ出したくて、走りだす。
「美乃里!」
彼が叫んだのは聞こえた。
でも追ってくる足音は聞こえない。


小さな路地を曲がって、そこで呼吸を整えるように歩く。
しばらく歩いたあと、膝に顔を埋めながらしゃがんだ。
「緊張した〜」
涙よりも気持ちが溢れそうになった。

どうして彼をこんなに好きになったんだろう。
意地悪で、外見だけが二重丸。
中身は最低で、お化け屋敷で怖がる私を大笑いする。
でも彼を見失って叫んだとき、キミも必死で答えてくれたよね。


きっと世界中が彼を罵っても、私、彼にひかれていた。




「走るの遅いな」
彼が、しゃがんでいる私の前に立ってつぶやく。
見上げると弓道具をどこかに置いてきたのか、手ぶらの彼。

彼が私の視線に合わせてしゃがむ。

「なんで来た?本当に親戚の家があるから?」
彼の背後で揺れる太陽。
眩しくて目を細める。

「…違う」
なんでかな。
涙が徐々に徐々にこみあげてくるの。
熱くて、溢れそうで…まるで私の気持ちそのもの。
右の目から一筋の涙が伝った。
それと同時に。

「会いたかったの…」






突然、彼が私の口をふさぐ。
わけもわからず、されるまま固まった。

背中に手を回されて、グッと引き寄せられる。
胸が痛かった。
アスファルトに膝がこすれて痛い。
でもかまわなかった。
彼の首に腕を回す。




初めて意思の疎通ができたキスだと…感じた。


「…ダメだ」
彼が私の肩に顎をのせて呟いた。
「…え?何が?」
「大会終わるまで我慢できそうにない」
「…なにを…?」
胸が痛くて痛くてどうしようもない。
ドキドキが止まらない。
心臓、変だよ。


「美乃里さぁ、オレのこと好き?」
彼が私の耳元で言う。
「ひ!」
くすぐったくて、肩を飛び上がらせた。
でも彼は私の体を離そうとはしなくて。
「ねぇ」
「ちょ、離して!くすぐったい!」

けれど、彼は離さない。


抵抗を止めて、口をもごもごさせた。
言わなきゃ。
言わなきゃ。
今しか、ない。 

「…スキ」

言った瞬間、彼の手がかすかに力んだと思った。
言ってしまった。
いよいよ打ち明けた…!

ふられるのかな。
そのために言わせたの?
私は純な女なんだから、付き合ってないのにキスとかしないよ、もう。


「ぎゃ!」
夏生くんが私の耳に息を吹き掛けた。
それに私の背筋が伸びる。
「や、やめてよ!遊んでるんでしょ!」
真っ赤になりながら、また抵抗する。
けれどやっぱり離さなくて。
「もう…」
諦めてまた力を抜いた。









「離すかよ」
かすかに声が……聞こえた。


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あきゅろす。
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