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小野寺 夏生
強引に…


彼の射る姿を見てから、約1ヵ月。

逢いたいと思うときに限って、なかなか逢えないもので。

今もあの先輩達と話してるのかな、とか。
私のことなんて忘れてるのかも、とか。
マイナスなことばかりが、頭の中で増えていく。

思えば最近ポケーとすることが多くなった。
窓の外を見て、揺れる新緑に目を奪われていたり、何気なく過ぎていく車を見送っていたりしてる。
夏菜もチハルも私がそうなった原因に気付いているけれど、あえて言うことはしなかった。

そう、私恋に堕ちている。

しかも懲りもせず、あんな遠い人に。



「逢いに行ったら?」
夏菜が私の心を見透かしたように言った。
「え?」
相変わらず頬杖をついていた私は、ハッと我に戻って聞き返す。
「そんなに逢いたいなら、逢いに行きなよ」
チハルの、見たこともないくらいの優しい笑顔。
いや、この例え、失礼だけど。
「…行っても、いいのかな?」
たじろぎながら、2人に聞いてみる。
2人は深く頷いた。

そうだね。
道が開けた途端、足がムズムズした。
今すぐ飛び出したいって騒いでる。


窓の外を見上げた。
初夏の高い空。
薄い青がどこまでも続いていて。
太陽が眩しかった。





放課後のチャイム。
鳴った途端に胸が痛くなった。

それは「緊張」のせい。
だって1ヵ月ぶり。
彼だって驚くだろうし。

カバンに荷物をつめながら、今日の計画を立てる。
一瞬でも迷惑そうな顔をしたら、とにかく謝って帰ろう。
「あんた誰?」って言われたら…どうする?

カバンを肩にかけて歩きだした。
「頑張りなよ!」
教室を出ていく姿が見えたのか、夏菜が廊下に顔を出して叫んだ。

うん、がんばる。
以前の私なら絶対ありえない行動力。
この源は…なに?




電車を降りて、駅のホームに出た。
改札で定期を見せる。
人の流れに乗って駅前へと漂着した。
周辺を見渡すと、西高の生徒がわんさかいる。
けれど、彼の――――夏生くんの姿は見えなかった。


西高に向けて足を出す。
なるべく細く小さな道を選んで歩いた。
なんとなく照れ臭いんだ。西高の生徒とすれ違うのが。


西高の裏門へと続く道にて。
私は夏生くんがどこにいるのかだいたいわかった。
あの独特の「よし!」と言う声が聞こえたから。



今日の弓道場は、思ったより人が少なかった。
いや前回はみんな夏生くん目当てで来てたから、あんなにギャラリーが多かったのかも。
今日は道着を着た夏生くんが見当たらない。


休みだったのかと、道場を覗かせていた頭を引っ込ませた。
ここまで勢いで来たけれど、結局ここまでか…。

しょんぼりして俯いた。
会いたかった。
その気持ちだけが明瞭に見えた気がする。

するとそこに、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「…嫌ですよ、オレ。まだ1年だし」
「…夏生…くん?」

うれしさと好奇心で胸の中が複雑になった。
…盗み聞きしちゃおうか。






声のするほうに少しだけ頭を出す。
そこは体育館裏の日当たりの悪い場所。雑草が生い茂り、いらなくなったハードルやらマットやら、あらゆるものが放置されている。

そこに先生らしき男の人と、道着を着た夏生くんが。
久々に見た彼の姿。
横を向いているけれど、かわいい。
クルクルの髪は少し色素が薄くて、大きな瞳に長いまつ毛。
どれをとっても私をときめかせる要素に違いなかった。

「そうは言ってもな、小野寺。オチはお前しかいないんだ」
「でもオチは要でしょ?部長とか高峰さんとか候補はたくさんいるじゃないすか」
夏生くんがそっけなく答える。
相変わらずのようだ。少し安心した。
「でも、実力でいえば…」
「嫌です!」
断言して夏生くんが体の向きを変えた。
え、ちょ、待って!
こっちに来ちゃう!

「きゃっ!」
肩が思い切りぶつかって、私は声をあげた。
それに夏生くんがきょとんとしてこちらを見る。
「…美乃…里?」
ぎこちなく私の名を呼んだ彼。
どうやら私のことは忘れてないみたい。
「小野寺!話を聞いてくれ!」
「嫌っす!」
そう言って夏生くんは駆け出した。
いや、駆け出したのはいいものの。私の手首をつかんで走りだしたんだ。


「はぁ…はぁ…」
乱れて重なる2人の呼吸。
長い袴とサンダルのせいで、どうやら彼は走りにくそうだ。
でもしっかりと私の腕を掴んで、裏門を突っ切った。

「はぁ…はぁ…どうして…ここに?」
夏生くんが立ち止まって振り向いた。
私は答えられずに呼吸を整えるフリをする。
答えられるわけがないじゃない。
会いたかったから来たんだよ、なんて…。


「…もめてたみたいだね?」
話をそらすように言った。
いや、こっちの方が知りたい。
「………」
けれど、彼は私の質問に答えない。
「…オチって…なに?」
「…どっから聞いてた」
ジロリと私を見る彼の目。「……嫌なの?オチ」
「嫌だよ」
夏生くんがそっぽを向く。不謹慎だけど、うなじに妙にドキッとして。
「あんな責任のあるもの、できるわけないじゃん」
「責任?」
「オチって、弓道の団体チームの5人目。最後に射る人のことだよ」
5人目…。
そうか、弓道って団体戦なんてあるんだ。意外。個人の競技かと思ってた。
「…うん、団体戦のチームに入れるなんて最高じゃない?」
私が首をを傾げながら彼の顔を見る。
不機嫌そうな横顔。
「…5人目はちょっと違う意味合いがあるんだ」
「どんな?」
「前から順々に的を射る。もし当たらなかったら、みんな心なしか次の人に頼っちゃうだろ?そうやって最終的に巡ってくるプレッシャーは「オチ」に降り掛かるんだ。それだけオチの役目は重大で偉大なんだよ」
夏生くんが地面の石を足で遊びながらそう言った。
遠くで聞こえる西高生徒の声。男子と女子のたわいない会話。
…こんなに共学が羨ましいと思ったことはないだろうな。
「…オレまだ1年だし、そんなところに入ったら部長や今まで頑張ってきた高峰さん、それに3年生が入れなくなるし…先輩らにとっては最後の大会だしさ。オレはその点まだ1年だし、まだ来年や再来年大会あるだろ?」
夏生くんでもそんなふうに遠慮したりするんだ。
意外だった。
夕闇に溶けていく蝉の声が、私たちのかすかな沈黙を埋めた。
生温い夕凪が、私と夏生くんの髪を揺らした。



「…私、オチがどれほどのものかっていうのは、ちょっとわからないんだけどさ」
ポツッと話をはじめる。
夏生くんが顔をあげて私の顔を見た。
私のコメントを待っていた?
「譲るとか、そういうの誰も、喜ばないよ。逆に失礼…だよ」
見つめられたことによって、妙に話し方がぎこちなかった。
けれど、彼は私の言葉を待っていたのか、何もつっこんでこない。

「…お前、来いよ」
「ん?」
「総合体育大会。来週の日曜日、大島弓道場でやるから」
「え??」
「絶対な」

そう言って彼がニヤリと私に笑った。そのまま去っていく。
そ、それは「命令」?



ただ、夕凪が私の頬を撫でた。




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