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小野寺 夏生
一瞬で…


閉園を知らせる、単調な曲。
誰もいなくなった入場門をくぐって、交差点に出た。

薄暗くなった街路の灯が、徐々につき始める。


一度も振り返らない彼。
歩調を合わせることなく、ただ真っすぐ歩いていく。

…どうして?

聞きたいことは山ほどある。

なのに、彼はまったく見ることなくただ進んでいく。


蒸し暑い風が一瞬吹いた。
この季節独特の、夏を迎える南風。
頬の熱をかすかに奪って、北へ逃げる。


未だ感触の残る唇に指をあてた。
照れ臭くて、悔しくて、甘酸っぱくて。
なんともいえないこの心中。






「昨日、あんた夏生くんといたでしょ」
ニヤニヤと私の顔を覗き込む2人。
「え?な、なんで…」
言いかけて口を押さえた。これじゃあ思う壺。
「へぇ、いたんだ〜」
チハルが意地悪そうに私の目を見る。
「いい感じらしいじゃない?遊園地までちゃっかり行っちゃって」
「え!?なんでそこまで!誰から聞いたの!」
「私の情報網をなめないでよ」
夏菜がケータイを見ながら微笑する。
真っ赤になりながら、持ち上げた腰をおろした。
夏菜にはかなわない。それはずっと前からの常識。
「で、どうなの?」
「なんかあったんでしょ?」
2人に言い寄られ、私はついに口を開いた。



「どぇ〜!?」
「マジで!?」
二度のキスすらぶちまけて、私は顔を真っ赤にさせた。
「そ、それホントなの?あの彼は、偽物なの!?」
夏菜が震える手を私に差し伸べる。
「いや、偽物っていうか…ブラックとホワイトがいるっていうか…」
「さ、さすがAB型!!」
チハルがどこから持ってきたのか、血液型占いの本をめくっていた。


「で、どうすんの!?」

2人が最終的に行き着く質問はそこで。
でもその質問は明らかに私が聞きたい。



正直夏生くんの気持ちがわからない。
強引に流されているのか、それとも好きなのか、曖昧な気持ちの自分がいる。

「…どうしようって…」
「夏生くんは、美乃里好きなんじゃない?やっぱさ!」
「てか寵愛受けすぎ!」
興奮した2人に焦る私。
2人が乗り気だとろくなことないッ!

「今日西高に殴り込もうよ!彼に聞いてみよ!」
2人がキャーキャー言って跳ねた。
「や、待ってよ!チハル、夏菜!」





午後4時、西高前。

地元にあるけれど、私もこんなにまじまじと西高を見たことはなかった。
赤茶色の校舎を、濃い緑を宿した木々達が囲っている。
グラウンドも体育館も広くて、運動部が強いってすぐわかった。

そんな西高をうろちょろする私たちは、まさに不審人物。
おまけに椿川女子高校の制服を着ているから、浮くに決まっていた。
校門を出てきた幾人もの人々に見られながら、夏菜が校門から覗き込む。
「どこにいるんだろう」
チハルも校門から中をのぞくが、私は校門に近づくことすらできなかった。

覗き込む夏菜たちを置き去りにして、私はグラウンド沿いの歩道を歩いた。
サッカーや野球をしている生徒。私たちの学校に響く掛け声とは違う。
「ね、早くいこ!競射始まっちゃう!」
私の目の前を走り抜いていく女子達。
黄色い声を上げてバタバタと走っていく。
「きょう…しゃ…?」
聞き慣れない言葉に、何となくひかれた。





「よぉし!」
何十人もの大声。
図太い声から黄色い声まで、さまざまな声が聞こえてくる場所に到着した。
グランドの隅の小さな小屋みたいな木造の建築物。
みんなその小屋に向かって誰かを見てる。



パン!と聞こえたと思ったら「よぉし!」と返す観客者達。
何をしてるんだろう…。



「ちょっと美乃里!」
私の後ろを追い掛けてきたチハルと夏菜が私に駆け寄る。
夏菜やチハルも小屋を見つめる彼らを不思議そうに見た。
「…なにこれ」
私が「さぁ」と返す。
「これ…弓道じゃない?」
小屋の向かいにかかる白と黒の的を見て、チハルが呟いた。
「弓道?」
「もう終わっちゃった!?」
私の声をかき消して小屋にやってきた女子に、先程からいた女子が言う。
「早く早く!小野寺くんが今19射目やろうとしてるよ!」
「………………………………」
顔を見合わせる、私たち。
今、女子、なんて言った?

チハルと夏菜が駆け出して、小屋を見つめる集団に入っていった。
西高の生徒がみんな怪訝そうにこちらを見る。
私もチハルに引っ張られて人混みに紛れた。



――――――開けた、小屋に。
1人、凛と座る、彼の姿。
「かっこいい〜!座ってる姿まで美しいよね!」
背後に飛びかう黄色い声。
私の目は釘づけになった。

彼が的を見て立ち上がる。
それから足を開いて、歩幅をとった。
膝に弓の先を置いて、右手を腰にそえた。

もう一度、的を見る。

いつもと違う、真剣な横顔。
彼の視界に、誰も映ってはいないだろう。

「すごいすごい!私弓道初めて見る!」
興奮した夏菜が、見知らぬ西高生徒の肩を叩いた。

右手の手袋らしきものに、弓の弦を引っ掛けた。
的を見たまま両手を上げる。
左手をスライドさせて、そのまま胸を開くように弦をぐっと引いた。
頬に触れる矢で、しっかり狙う。


一瞬の、静寂。



バシンッ!という音の直後に、パン!と乾いた音が響いた。
はっきりとは見えなかったけれど、的には矢がしっかりと刺さっている。
「よぉし!」
周りのみんなが声を上げた。
的の隣にある掲示板に、○のマークが出る。

「あと1本で20射皆中(かいちゅう)じゃん!すご〜い」
「やっぱかわい〜小野寺くん!」
周りの興奮とは裏腹に、私はついていけなくて俯いてしまった。

私の知っている夏生くんは、意地悪で大魔王みたいな人で。



そうしているうちに、もう一度パン!と鳴り、拍手が起こった。
口笛を飛ばす人まで現れて、私もつられて拍手した。

「あれ?」
小屋を出てきた彼が私たちを見て驚く。
「すごいね夏生くん!百発百中!」
夏菜が興奮した面持ちで駆け寄る。
「なんでここに?」
彼の質問も虚しく、駆け寄ってきた女子の大群。
どうやら弓道部の先輩のようだ。
「小野寺くん、超すごかったよ!」
「これなら春季大会も大丈夫!」
押し流された私は、彼の戸惑う顔を見ながら、胸が痛むのを感じた。


西高では人気あるんだ。
女子に困らないくらい人気で、私なんてどうせ暇つぶしなんでしょ?


狂おしい嫉妬に押さえきれない気持ち。
凛とした横顔が、目蓋を閉じるたびにちらつくよ。


一瞬にして、恋に堕ちた。





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