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小野寺 夏生
DEAR FRIEND


夏休みも終わりの、午後。
私は彼が部活を終わるのをいつも待ってる。



でも。


ただ待っているのはつまらないから。


看的小屋の影から、いつも見ていた。






「…あの」

そして今日も蒸し暑い昼下がりに。


「え?」


驚いて振り向いた私に飛び込んでくる女の子の姿。
気まずそうにこちらを見ながら、何かを言おうと口を動かしている。

この場所は、誰にも絶対ばれないと思っていたのに…。
そう思いながら真っ青になる。


この敷地内では絶対に見られない椿川女子高の制服を着た私は、ただひたすら焦りながら彼女に何らかの弁解をしようと試みた。
「あの、あのね」
「感激です!」

いきなり大きな声を出したので、私は即座に彼女の口をふさいだ。
夏生くんに聞こえちゃうよ!
ここで見てるのは絶対内緒なんだから!

「あ、ごめんなさい」
口を塞いだまま校門を出た私は、彼女の口からパッと手を離した。
真っ黒なストレートが背中まで流れた、美しい美少女だった。
西高の制服を着ているし、おそらく1年生だろう。


「いえ、あの、私…感激です」
少しだけ紅潮した彼女を見ながら、私は不思議そうに首をかしげる。
「何が?」
「あの場所は、私しか知らないと思ってたから…!」
「あの場所…?」
そう呟いてピンときた。


的場から少し離れた茂み。看的小屋の影。
みんなに1番見られていそうなんだけど、ひっそりとしているせいで絶対ばれない場所。

「あなたも小野寺くんのこと好きなんでしょ!?」
当然のように叫んだ彼女に、私はまたも「ああ!」と口を塞いだ。
そんな大きな声で改めて言われると赤くなるよ!
「赤くなった!やっぱりあなたもなのね。あそこはオチである彼が、1番よく見えるもんね!」
紅潮した私を見て、彼女は親しみを込めた笑みを浮かべた。
彼女の言うことはあっていた。
8月末に行われる武道大会。その団体戦メンバーに選出された彼は、またもオチの座を射止めた。
そのせいで夏休みの半分以上が部活で埋まり、毎日彼はオチという、前から5番目の場所から射っている。
そんな彼が、あの場所から1番綺麗に見える。
それは、この夏休みで1番大きな見つけ事。



「1年B組の篠原麻衣。吹奏楽部なの」
彼女はそう言って、校舎の3階を指差した。
「あなたがあそこから見てたの、1番よく見えたよ」
そう言って、篠原麻衣ちゃんは笑った。






「お疲れ様」
沈みかけた夕日に照らされた校門で言い慣れた言葉を放つ。
「ああ、今日も来てたんだ」
「うん。家近いし…。頑張ってるね」
彼の大きな瞳を覗き込む。
「どう?試合の調子は」
「…まあまあ、かな」
そう言って彼は歩き出した。
「嘘だ」
小声で呟く。

最近調子いいじゃない、知ってるもん。
少しだけ顔がにやけた。



「…なんだよ」
彼が私の小声に気付いて振り返る。
夏を惜しむセミの声が、私たちを取り囲んだ。
「武道大会、頑張ってね」
私の声が、夕闇と共に消えていく。
彼が私の方へ歩み寄り、頭を撫でた。
…そのまま手を繋いで、歩き出す。




「やっぱりいましたね!」
背後から大きな声が聞こえて、私の肩が飛び上がった。
「ちょ!」
即座にまた彼女の口を塞ぐ。
「こひょ、わひゃひもよくくひゅんでひゅよ」
「…え?」
私がそっと手を離す。
「私もよくここに来るんです。カッコイイですよね、彼」
そう言って麻衣ちゃんが前かがみになってこっそり的場を覗いた。
彼を追う、彼女の大きな双眸が、鮮やかに揺らめいて煌めいている。
夏生くんが弓を大きく引き、長い沈黙のあと。
パシン、と的を射る音。



「よぉし!」
先輩や外から見ていた部員が声を張り上げて彼の射を褒める。

私、この瞬間が好き…。
「私、この瞬間が好きなんです」
「え?」
麻衣ちゃんが呟いたので、私は驚いて見た。

「彼が、矢を放って的を射た時、少しだけホッとした顔をするでしょ?それが好き」

わずかに紅潮した彼女の頬。

…かなり、好きなんだね。



「美乃里さんは?」
「えっ」
「どこが好き?」
「えっと…」

どこか?とピンポイントで答えなくてはいけなくなった場合、私は少し戸惑った。
どこ、とか1つを取り上げて言うことが出来なかった。
でもそれが、彼女に「好き」って気持ちの多さで負けている気がして。
急いで彼を思い浮かべるが、これだという決定点がない。
「…私、ずっと好きだった」
私の言葉に待ちくたびれたのか、麻衣ちゃんは夏生くんを見たまま言葉を漏らす。
「ずっと…中学から」


…負けている気が、して。







「いよいよ明日だなぁ、小野寺!」
いつもの校門で。
走ってきた夏生くんに、先輩が飛び掛かる。
「なんすか!」
「お前、国体メンバーもかかってんだからな!本気出せよ〜」
「わかってます」
夏生が呆れながら先輩を見る。
「頼むぞ〜!」
そう言って先輩は夏生くんの頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
それを見て私が笑う。


「ったく、先輩いつも大会前日はハイテンションなんだよ。で、大会当日には緊張してカチンコチン」
「そう?夏生くんもそうだよ」
「まさか」
「ううん、そう」
私は意地悪に笑って歩き出す。


「来るだろ?…明日」
背後から、少しだけ緊張した彼の声。
「え、でも、弓道部のある高校しかいないんじゃ…」
「私服ならわかんない。来てほしい」
「………………………」
逆光で彼の顔がよく見えない。
照れてるの?赤くなってる?


「うん、いく」

彼がすっと歩み寄って、私の指と自分の指を絡めた。
温かい彼の体温。

やばい、恥ずかしい。

真っ赤になってうつむくと、彼が無理やり私の顎を掴んで顔を上げさせる。
「うつむくな。オレを見ろ」

夏風が、私の髪を揺らした。…と同時に。
彼の唇が、私に触れる。

かすかに顔を傾けると、彼も顔を傾けて私の口に侵入しようとする。
「ンン…」
これは抵抗の声?欲情の声?
自分に問い掛けながら、そのまま彼のテンポに身を預けた。



「…麻衣!そこで何してるの?」


はっとして不意に夏生くんと顔を離す。
…麻衣?



校門の影から、麻衣ちゃんの姿が現れた。

背中に嫌なものが走る。






「…知らなかった」

麻衣ちゃんは何かを押し殺すような声でそれだけ言った。
「どうしたの、麻衣〜泣きそ〜」
麻衣ちゃんを見つけて駆け寄ってきた友達が、そっと麻衣の頭を撫でる。
「なに?どうしたの?」
真っ青になって麻衣ちゃんを見る私に、夏生くんが不思議そうに見る。
「え、あ、いや…その…」
「おもしろかった?バカみたいだった?」


麻衣ちゃんが俯いたまま呟く。



「淡い恋しちゃって…って笑ってたの!?」

悲鳴のように麻衣ちゃんが叫んで、麻衣ちゃんは走り出した。

「麻衣!」

何も知らない友達が、麻衣ちゃんの姿を追う。
私は、その彼女の後ろ姿を見送ることしかできなくて。

「…なにあれ」
夏生くんが冷然として彼女の姿を見送る。




…麻衣ちゃん。











…夏生くんが的を射たとき、少しだけホッとした顔をするでしょ?
それが好き。




ベッドに入って布団をかぶった瞬間に、その言葉と目を輝かせた麻衣ちゃんの顔が浮かんだ。

決して笑ってなんかいなかったんだよ。
そう心で話しかける。

ごめんね、麻衣ちゃん。

黙ってて、ごめん…






朝がきて、夏生くんのメールで目を覚ました。
『10時から団体戦始まるから』
長い改行のあと『絶対来い』の文字。

窓の外を見ると、真っ青な空がどこまでも続いていた。
そんな快晴なのに、なぜか心は重い。
体もなんだかいうことを聞かない。

彼氏の試合を見に行けるのは、私の特権。
彼氏を応援できるのも、私の特権だ。


でもじゃあ麻衣ちゃんは…
麻衣ちゃんはその権利がないの?




『私、吹奏楽部なの』
そう言って、麻衣ちゃんが指差した場所を目指す。
本当は有栖川体育公園に行かなきゃいけないんだけど。
麻衣ちゃんがここにいる気がして。

土足のまま、階段を上って音楽室を目指す。
けれど、楽器の音はない。


「…麻衣ちゃん……」
もう、会えないの?


そのまま、音楽室の前で立ち尽くした。


腕時計の針は10時半を刻んでる。









ピルルルル…!

甲高いケータイの音で、私はポケットをまさぐった。
知らない番号…だれ?
「はい」
『もしもし?美乃里さん!?』
大きな喧騒と、大きな声。
この声は…
「麻衣ちゃん?」
『あなた今どこで何してるの!?武道大会始まってるよ!!』
「…え」
『あなた彼女でしょ?夏生くん、めっちゃ不調だよ!こんなんじゃ彼女失格だよ!!』
「麻衣ちゃん…」
『とにかく早く来て!!』

麻衣ちゃんの大きな声に押されて、私は先程上った階段を、今度は転げ落ちそうな勢いで駆け降りた。
こめかみから汗が流れ落ちて、息も絶え絶え。
校門を飛び出して、バスも待たずに走り出した。







「夏生、またかよ」
呆れながら、先輩が腰を落とした。
「…すいません」
「だから、弓道に恋愛は邪道なんだ」
「………………」
返す言葉が見つからない。

だって、事実。
事実オレは、あいつの姿が見えなくて、射を乱した。
会もなかった…あたらない射をしたことは、紛れもない事実だ。

だけど…。
オレが女1人でこんなに弱くなるなんて。
悔しくて右手拳をぎゅっと握り締める。


「小野寺くん、ちょっといいですか?」
ふと顔を覗かせた女。
どこがで見たことある顔だ。
「私、篠原麻衣っていいます。あの、美乃里さんの電話番号を…」
「…美乃里つながらない」
そう、来れなくなったなら、来れなくなったって言えばいい。
ただ音信不通になるから、オレはこんなに心配になる。
「でも、あの、教えて下さい」
それでも全く食い下がらない彼女に、オレはケータイを荒々しく彼女に投げた。
「とにかく2回戦あたらなかったら、お前の今後の部活動生命も考えとけよ。こんなに上下の激しい射をするような部員はハラハラして試合になんか出せない」
「……………………」

オレは…


「あの、夏生くん」
再び顔を現した彼女に、オレは少し苛立ちながら視線を向けた。
「…すぐ来ると思うよ。今つながったから」
「マジで?」
「うん」
「そっか…」
「あっ」
彼女がオレを指差して声を出す。
「なに?」
「夏生くん、的をあてたとき、少しホッとした顔するでしょ?今はものすごくホッとした顔した!」
「…………………」
「私、その顔好きだよ。ずっと見てたから」
「……そう……………」
「そんな顔にさせるなんて、夏生くん美乃里さんのこと…」
オレは矢を掴んで立ち上がった。
「本当に好きなんだね…」









これは間に合ったというのだろうか。
彼はすでに2本矢を放っていた。
看的を見たら、「〇」「〇」と並んでいる。
まだ外れてないんだね。よかった…

「美乃里さん!」


大きな衝撃と共に、背中にどっと体がかぶさる。
「あっ、麻衣ちゃん!」
「ばかっ!」
麻衣ちゃんの目が少しだけ揺らめいているのが見えた。
…麻衣ちゃん……
「夏生くん、1回戦目2本しかあたらなかったんだよ」
麻衣ちゃんが夏生くんを見ながら呟く。
「きっと、美乃里さんがいなかったから…」

「よぉし!」
夏生くんが3本目をあてて、一層真剣な顔をした。
緊張してる。
次は、外せない。
「美乃里さん…」
麻衣ちゃんが私の背中を優しく押す。
「麻衣ちゃん、あのね」
振り向いて麻衣ちゃんの顔を見ようとするけれど、麻衣ちゃんはうつむいて表情は読み取れなかった。
けれど、肩が。

震えている。


「わかってたの。美乃里さん笑ってなんかいないよね」
「あのね、麻衣ちゃん」
「私、夏生くん好きだよ。でもね」
私の言葉を遮って、麻衣ちゃんが言を継ぐ。
「…でも、美乃里さんも好き。部活してる姿、見るの楽しかったね」
「…………………」

夏生くん、見えてる?
私の姿、見えるかな?
遅れたけど、ちゃんと見に来たよ。遅くなってゴメンね。
「麻衣ちゃん」



夏生くんが、腕を上げる。
ゆっくりと引いて、狙いを定めた。


私、負けないくらい夏生くんが好きだよ。


「ずっと友達でいてね」




「よぉし!」



割れんばかりの大声と共に、多大な拍手が起こった。


「皆中!」


私と麻衣ちゃんが声を揃えて、笑った。














「…夏生くん」

「マジ、死ね」



クスクスと背後で笑い声。
麻衣ちゃん!そんなに笑わないで!


「…ごめんなさい」

「許さない」





夏生くんが、何かを思い出したようにいきなり振り返る。

「…篠原、ありがとう」


夏生くんが優しく、笑った。
麻衣ちゃんが少し驚いて顔を真っ赤にする。

「何!?何のお礼!?」
私が困惑したように2人を見比べた。


「内緒」
「内緒!」
2人が口を揃えて言う。

「ちょっと〜!」



ねぇ、今日はさ。
3人で打ち上げをしない?




今日は特別に3人で。





*END*


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