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小野寺 夏生
キスマーク@(胡蝶さまキリリク)
あぁ、失敗した…。
プリントに顔を埋める私。
夏菜とチハルが私の顔を覗き込む。
「どうだったのよ?中間テストの出来は」
その表情からいって、夏菜はどうやらいい点数をとったようだ。
「いや、あの、ほら…色々あってさ」
「で?」
「あ、あはは〜」
苦笑いしながら、プリントを二人に見せる。
「は!?え!?じゅ、15点!?」
「…うん」
見事に赤点。


だってホントに色々あったんだ。
ほら、例えば高梨明先輩。
あれのせいで私夜中まで公園にいたもんだから、風邪ひいて3日ダウンしてたし。
それにそれに、それから妙に夏生くんが優しい気がしてついつい甘えて…
「ひどいわね」
居間に正座させられた私は、ぴしゃりとお母さんに言われる。
「これはひどい」
横から覗き込んだお父さんまでもが、ゲッソリとしてこぼした。
私は肩をすくめて、雷が落ちるのを待つばかり。
「…美乃里、このままじゃ留年とかしちゃうんじゃないの?」
お母さんが呆れたように言う。
怒られた方がよっぽどマシだ。
「ちょっと何か対策考えなきゃ…ねぇ、お父さん、何かいい方法ないかしら」
「いい方法ねぇ」
お父さんが天井を見上げて固まった。
お父さんの考える「いい方法」ってだいたいよくないんだ!
「…イトコの祐輔くん使ったらどうかな?」
え?イトコの…?
「あらぁお父さんいい考え。そういえばバイト探してるって言ってたわねぇ。美乃里ラッキーよ?現役名門大学生の祐輔くんに家庭教師してもらいなさい」
「え〜!?」
「あら、嫌なの?」
嫌、なんてもんじゃない!
イトコって言ったって、もう10年は会ってないじゃないか!
スカートめくられたり、不意打ちでゲンコツ食らわされたり、昔からいい思い出がないんだから。
だからこの10年間彼に会うことをせずに暮らしてきた。
会ったってまた何か嫌がらせするだけ!
「嫌だ」
「でも15点はひどいわ」
「嫌だ〜」
「…もしもし祐輔くん?」
私とお母さんの会話を無視して、お父さんがちゃっかり電話してる。
「よかったなぁ!OKだってよ!」
…全然よくない。






「はぁ……」
鞄に教科書を詰める。
すっごく憂鬱。すごく気が重たい。
今日は、いよいよイトコの黒田祐輔くんが家庭教師としてやってくる。
「美乃里、やっぱりすごく怒られたの?テストの点数」
「…いや、別にそこまで怒られてないけど…」
もっと嫌なことが起こった。
電車に乗って、俯いたまま有栖川まで揺られた。
あぁ、ホントに気が重い。
「あ、美乃里」
「えっ?」
横から声が飛んできて、即座に私は見上げた。
するとそこには弓道具を持った夏生くん!
相変わらず大きな目で、クルクルの髪で、かわいい彼氏。
「夏生くん!」
目を輝かせて駆け寄る。
わ〜久しぶりだ!嬉しい!
「死霊にとりつかれてるみたいに歩いてた」
「え?そ、そうかな?」
あまりにも久しぶりだから真っ赤になって私は前髪を触った。
これは私なりの照れ隠し。
「ねぇねぇ夏生くん、中間テスト終わったし、今度どこかに遊びに行かない?」
ウキウキしながら聞いてみる。
すると、夏生くんが柔らかく笑った。
「うん、いいよ」
かわいー!
どうしたんだろう。どうして最近こんなに夏生くんはかわいくて優しいの!?
「じゃあじゃあ、今度の土…」
「美乃里」
鋭くて怖い声が聞こえてきて、私はハッとした。
なんだか突然暗くなった気が…
「…あ、あああ」
振り返って顔が蒼然とした。
鋭い瞳に、赤めの髪色。
まるでエンマ大王!
「祐輔お兄ちゃん…」
「久しぶりだなぁ、美乃里」
「は、ははは」
苦笑いしながら夏生くんの方を見る。
「これ、イトコ…」
指を差して紹介した。
夏生くんはふぅん、といたって冷静。
「ほら、今日からお前は勉強だ!もちろん今週の土曜日もな!」
「え!?」
そう言って、祐輔お兄ちゃんに手を掴まれ、私は駅を出た。
歩き出す瞬間、夏生くんが「美乃里」と呼び止めたような気がした。
だけど…、私は祐輔お兄ちゃんに連れられて家に帰るはめになった。




「あらぁ〜いらっしゃい祐輔くん」
「こんにちは!おばさん!」
「ビシバシよろしくね〜」
「はい!」
玄関に入るなり、大声を発する祐輔お兄ちゃん。
そういえば大学で応援部に入ったんだっけ。
脳みそがユラユラ揺れるくらいに大きな声。
私は真っ青になりながらそのまま階段をあがった。祐輔お兄ちゃんは、元気よくダンダン!と階段をあがり、私の部屋に着くなり私の肩を掴んでイスに座らせた。
「さ、やるか」
「・・・・・・」
ゲッソリとしながら、鞄を開けて教科書を出す。
はぁ、もうホントに嫌だ。
「よし、じゃこれからやれ」
「え!?」
「なんだよ、やれよ」
見たこともない数式。
まだ習ってないんですけど!
「む、無理だよ」
「無理?じゃあお仕置き」
「え!?」
な、お仕置き!?
「嫌だろ?」
「うん」
「ならやれ」



10分間、教科書を睨んで考えた。
しかし一向に答えは導けない。
だって不可能だよ。見たこともない記号があるもん!
「…まだ解けないのか」
「も、もうすぐだよ」
冷や汗をびっしょりかいて私は返事した。
やばい…一生かかってもできないかも。
「きゃあ!」
突然首筋に痛みを感じて飛び上がった。
「な、なななななな」
真っ赤になって祐輔お兄ちゃんを見る。
「何したの!?」
「何って、やれなかったからお仕置き」
「今のが!?」
「なんだよ。あの彼氏とはよくやってんだろ?」
ニヤニヤした目付きで、私ににじり寄ってくる祐輔お兄ちゃん。
な、なによそれ!
「そ、そんなの祐輔お兄ちゃんには関係ないでしょ!?」
祐輔お兄ちゃんに背を向けて真っ赤になった。
だって夏生くんとそういうことしたことないし、考えたこともない。
「マジ?まだ美乃里処女ってやつ?」
「やめて!」
「かわい〜」
からかうように言ってくる祐輔お兄ちゃん。
なんでこういうときだけ、声が小さいんだこの人は。
「じゃあそのキスマークは美乃里に初めて刻まれたわけだ」
「…え?」
真っ青になって手鏡で首筋を見た。
真っ赤になった部分が、いやらしく見える。
自分がひどく淫乱な女に見えた。
「さ、明日どうすんの?ファンデーションでぼかす?バンソウコウで隠す?どっちにしろ隠し切れないよな」

最低。
腹黒い笑顔。
そうだ、祐輔お兄ちゃんはこんな人だった。
今わかったことじゃない。
幼い頃に味わった様々な苦い過去が、次々に浮かび上がる。
「なんで…」
「なんで?はっ、おもしろい質問」
嘲笑するように祐輔お兄ちゃんは、私を見る。
「俺は、美乃里が好きで好きで仕方ないから、こんなことしちゃうんだよ」





次の日、電車に乗れるギリギリの時間に家を出た。
こうすればもし夏生くんに会っても、遅刻しちゃいそうだからで切り抜けられるから。
キスマークはファンデーションでぼかしてみたけれど、どうも私が意識するせいかそこが目立って見えている気がする。
朝から真っ青で、なんとか誰にも会わずに電車に乗れた。
「おはよう」
教室に着いてとりあえず一段落。
安堵して机に突っ伏した。
「美乃里おはよ〜。昨日大変だったね」
昨日の夜、夏菜とチハルにはさんざん愚痴ったから、二人はもう事の成り行きを知ってる。
「…ホント、早く消えないかな」
手鏡で何度もキスマークを見る。
なんとか隠せてはいるけど、凝視したらすぐにばれてしまうかも。
「それ、ばれないといいね。あのヤキモチ焼きなアイツに」
「…うん」
ただでさえ高梨先輩のせいで、最近まで私たちはぎこちなかったんだから。
こんなことで崩れたくない。





放課後。
チャイムが鳴って猛ダッシュで家路についた。
恐る恐る有栖川駅をおりる。

…よかった。
急いで帰ってきたからまだ西高の生徒はほとんどいない。
このままさっさと家に帰ってしまおう。

改札を抜けると、土砂降りの雨だった。
そういえば、空がさっきからずっと暗かったな。
傘を持ってきてないけど…やみそうにないな。

駅からさほど遠くない。
制服は濡れるけど、そんなに長くもない距離だし。
…大丈夫。
私は駅から飛び出した。






「美乃里!」
「え…」
誰かに呼び止められて足を止めた。
振り返って真っ青になる。
「夏生くん…」
「土砂降りなのに何走ってんの?」
私に追い付いて、夏生くんが私を傘の中に入れてくれた。
「風邪ひくじゃん」
そう言って、彼が私の顔に張り付いた髪を払ってくれる。
私は何も言えずに押し黙る。
お願い。
このままが時が過ぎ去って。
雨のせいで、きっとファンデーション落ちた。
「ここから美乃里んちも微妙じゃない?とりあえずどこか中に…」
「いいよ。すぐだから」
「いや、すぐでもないじゃん」
ダメ。もう早く帰らないと…。
「最近も風邪ひいてたから無理すんなって」
悲しくて悔しくて…罪悪感で。
涙が人知れず襲った。
けれど、それを喉の奥でぐっとこらえる。
私は悪いことしていない。そう思い込ませる。
「…美乃里、どうした?」
夏生くんが私を覗き込む。
その大きな瞳に、私という醜い女が映りこむ。
「何でも」
そう言って視線を反らした。
「あ」
夏生くんが何かを見つけたように声を出す。
「それ」
「え!?」
とっさに首筋を押さえ込む。
心臓がバクバクして、体がカッと熱くなる。
ば、ばれた!?
「…いや、ただそのネックレスしてくれてんだねって…」
夏生くんの顔が言を継ぐにつれて曇っていく。
「今何隠した?」
夏生くんが私の腕を掴む。
強くて、…振りほどけない。
「別に何も隠してないよ?」
不意に声が震えた。
それと同時に泣きそうになった。
どうして私は、私に罪がないのにこんなふうに彼を傷つけなくちゃいけないの?

「ふざけんな、見せろ」
「ヤダ」
「見せろよ!!」
強引に腕を外される。
彼の目が一気に光りを失った。
私はそれを見ることができなくて、目を背ける。
私たちには、雨の音だけが残った。
「…なにこれ」
雨のせいで濡れた体が寒い。
体がさらに震えた。
「どう見てもこれキスマークだよな?」
確認するように彼が私に問い掛ける。
私は肯定できずに首を振った。
「てかあの昨日の男?アイツとやったわけ?」
「やってない!」
それだけは信じてほしくて彼を見て言った。
そして、彼の目を見て、ハッとした。
…彼の瞳がかすかに濡れている。
たくさんの光を受けてユラユラと揺れている。


…泣いてるの?



「夏生く…」
私がそこまで言いかけると、夏生くんはハッとして下を向いた。
そしてそのまま顔はあがってこない。
何と言っていいかわからずに、彼の髪に触れた。
震えてる。
彼の肩が、小刻みに。


また、傷つけた。








「やってないよ。ホント、これは祐輔お兄ちゃんの悪戯なの。小さいころからこうやって他人を困らせて楽しんでるのよ」
私が、慰めに説いてみる。
でも彼からの返答はない。
「ホントにホントよ。私、これからもずっと夏生くんが好きだし、どんなやつが現れたって…」
「もう現れなくていい」
子供っぽく、彼が吐く。
「そ、そうだよね!私も私もそう思う!」
「・・・・・・・・・・」
雨が、少しだけ弱く細くなった。
霧雨に近い、静かな雨。

私はどうしたらいいかわからずに、彼の姿を見ているだけ。
そしてしばらくして、彼が少しだけ顔を上げた。
「…オレ、どこまで大人になればいい?」
「え?」
「オレ、美乃里の先輩みたいに大人になろうって思った。でもどこまで大人になりゃいいわけ?」
濡れたまつ毛にドキッとした。
私は知らないうちに、彼に背筋を伸ばすようにさせていたのかな。
「そんなのしなくていいよ!ありのままの夏生くんで…」
「それじゃ美乃里すぐどっか行っちゃうじゃん!」
丸い瞳が私を睨んだ。
すごく子供っぽくて、幼くて、いじらしくて。
「行かないよ」


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