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小野寺 夏生
温かな光A(さよ様キリリク)
「…はぁ、気持ちに、はぁ…応えてくれとは言わない。…でも聞いてくれ」
同じく息を荒くした私は、黙って俯いた。
聞くだけなら…いいけれど。
「…柄園、勘違いしたんだろう?あの日、卒業式の日、近寄ってきた女を」
「・・・・・・・・・・」
「あれは、違うんだ。全然」
「…別に、今さら…」
「今さら、とか、言うなよ。もう余裕がないくらい…好きだ」


好きだ…


胸の中で呼応するように響いた。
胸が揺れて、震えて…涙が、込み上げる。
「私も好きだった。でも、勇気が出なかった。彼女だと思ったの。目の前でふられるのが怖かった」
そうだ。そうだった。
自分を守るために、私は防御した。
自分が傷つきたくなかったから。
「…でも、今は違う…だろ?」
微笑した先生は、私の顔を切なそうに見た。
「もう…、この気持ちは過去のものにしてしまった方が、いいよな」
「・・・・・・・・・・」
コクン、と頷いた。
時間は、取り戻せないから。あの日は、戻ってはこないから。
「…ごめん。最後に、いいかな」
真っ黒のスーツが、私を包み込んだ。
あんなに飛び込みたかった胸。もう、これで、最後。






泣いて帰ったあの日。
濡れた頬に北風が冷たくて。
見上げた暗雲が、どこまでも広がっていた。

いつまで続くんだろう。いつになったら、この雲に、私の胸に光が差すのかな、と思っていた。
…見つけたの。
夏生くんなの。
…先輩では、ないの。





「…美乃里?」
はっとして顔を上げる。
今の声は…
私と先輩が慌てて離れる。
でも遅かった。
「…何、してんの?」
見ると、長い棒を持った人間が数人歩いていた。
彼だけが、こちらを向いてたたずんでいる。
「なんで…」
とっさに出た言葉だった。
なんでここにいるの?と言いかけた。
「…いちゃ、まずかった?東高校と練習試合でここに来ただけなんだけど」
やけに冷静な彼の声。
ホワイトの彼でもない。ブラックな彼でもない。
色で例えるなら、…透明。何も、見えない。
「違う、そうじゃなくて」
「…そう、違うんだ。あの、オレ」
二人で弁解するのが、さらに間違っていた。
「…オレ、股かけられてたの?」
「違う!」
私が夏生くんに駆け寄った。
「違うの!勘違いしないで?」
「…オレ、言ったよな?」
俯いた彼が、何かを押し殺した声で、問い掛ける。
「もう、会うなって」
「・・・・・・・・・・」
彼の前髪の隙間から見えた目が、私を鋭く責め立てた。
なんて鋭い瞳。私を軽蔑した…そんな眼光。
彼は私に背を向けて歩き出した。
「な、夏生くん!」
追い掛ける私。
いや、勘違いしないで!
「違う!本当に違うの。もう最後だねって。昔の気持ちは忘れようって」
「お前ら忘れてなかったの?」
「そういう意味じゃなくて」
「どういう意味だよ」
焦りが、後悔が、胸を痛め付けた。
自分をひどく責めた。
馬鹿。大馬鹿だ。
1番傷つけたくない人、傷つけた。
「…オレ、お前がそんなやつだって思わなかった」
彼がぽつりと吐く。
「…しかも年上って…勝ち目ないし」
「勝ち目って、夏生くんが勝ってるよ!」
「もうしゃべんな」
怒りに震えた、彼の声。
怖くて足がすくんだ。
「もう、聞きたくない」




どうして。
どうして追い掛けなかったんだろう。

私はそのまま立ち尽くして、しばらくして近くの公園のベンチに腰を下ろした。
落ちていく葉を見ながら、心が空っぽになってしまった。
どこから、どうやって、手をつけていいかわからない。





どうしたら、いいの。














「夏生〜。電話」
母さんから渡された子機。
自宅にかかってくる電話なんて珍しいなと思いながら保留をといた。
「…もしもし?」
『もしもし?キミ、夏生くんだよね?』
「は?だれ?」
『あ、僕は椿川女子高校の教育実習生で…』
「ああ」
返事をしたと同時に、夕方の出来事を思い出した。
美乃里、あのあと泣いたかな。また、泣かせた。
でも理解できなかった。
なんで会ったんだ。
コイツの方が明らかにオレより勝ってる。
そんなやつに会うなんて…。オレばっか焦ってアホっぽいし。
「なんか用?」
『そこに柄園いないかな?』
「…いない」
いたとしても、お前に教えるかよ。
『そうか…。実は、まだ柄園帰ってきてないんだ』
「・・・・・・・・」
反射的に時計を見た。
11時を回ってるのに。
『いちおう親御さんと担任の先生で探してるんだけど見つからなくて…キミ何かわからない?』
「…ケータイは?」
『つながらないんだ』
オレは急いで上着を着た。
こんなこと、一度もなかったのに。
…オレのせいか?
あいつが悪いのに。
『あと夏生くん』
「・・・・・・」
『柄園と俺は、本当に何でもないんだ。本当に、最後って…』
「わかってるよ!でねーとお前をぶっ殺す!!」
電源を消して、部屋を飛び出した。
そんなことはわかってる。
美乃里はそんなことするような女じゃない。
そんな器用な人間じゃない。

オレは、そんな美乃里だから好きなんだ。








真っ暗になった公園で。
どれくらい時間が経ったんだろうとケータイを見た。
「あれ、電池切れてる」
真っ暗になった待受画面。
「結構暗くなったな。そろそろ帰ろう」
そう口にしてみたものの、腰は上がらなかった。
だって、動けない。
真っ暗で身動きとれないよ。
光が、ないもの。
光を、失ったの。
「夏生くん」
小さく呼んでみた。
どれだけ呼んだかな。
今までどれだけこの名前を呼んだだろう。
でも、これからはもう呼ばないのかな。
…全部、失っちゃうんだね。
「うっ…」
今になって、やっと涙が出た。
顔が熱くなって、唇が震えて、涙がとめどなく溢れた。
なんで追い掛けなかったの。
もう会えないのかもしれない。
また傷つくのが怖くて逃げ出した。
「うっ、うぅっ…な…つおく…ん」
電灯で照らされた足元が、滲んで見えなくなった。
膝に冷たい涙。
「好き…なのにぃ…!」









ずっとずっと好きなのに。
私にだけ意地悪して。私にだけ本当の姿見せてよ。
そんなキミが大好きなの。





「お前、バカだよ」


突然、空から降ってきた声。
はっとして顔を上げる。
「風邪、ひくぞ」
彼が私の肩に上着をかけた。
ケータイを取り出して、おもむろに電話をする。
「…もしもし?美乃里見つけました。家まで届けるんで…はい」
電灯でもはっきりとわかった。
はねた髪の毛。その髪質も愛しくて。
その声が、私を光ヘと導くの。
「なに泣いてんだよ」
私の足元に膝をついて私を見上げる夏生くん。
そう…夏生くん。
「だって…」
「ホント馬鹿だ」
「嫌われた…」
「浮気してるからだよ」
「軽蔑された…」
「抱き合ってたし。腹の立つ」
「怒ってた…」
「怒ってるというより…」
夏生くんが、私の髪をかきあげる。
夏生くんの指先が冷たい。
「…ヤキモチ、だよ」
照れたように言う口調。
額がコツンと、夏生くんの額と触れた。
温かい…。
「…ごめん」
鳴咽と一緒に声に出す。
「ごめんね」
そう言って、夏生くんの肩に腕を回して流れ込むように抱き付く。
夏生くんはそのまま私を抱いて立ち上がった。
「アホらしい。帰るぞ」
「…怒らないの?」
「…怒ってるよ」
「じゃあちゃんと怒ってよ。そんで謝らせて」
「やだよ」
「なんで!」
涙目で彼を見た。
大きな瞳に私が映る。大好きなこの光景。
「…てかどれだけ心配して、どれだけ探して、どれだけ安心してるか」
「え?」
「もう12時回ってるぞ」
「え?」
夏生くんがケータイの待受を私に見せる。
12時23分。
うわ…私何時間ここにいたの…。
「帰るぞ」
夏生くんが私の腕を掴む。
「あの、でも…やっぱ怒って?」
「マゾかよ」
「そうじゃなくて!こんなシコリ残るの嫌だよ」
「…シコリ?」
「二人に、溝あるじゃん」
「あんの?」
「え、ないの?」
夏生くんが微笑する。
「ないよ」
そう言って夏生くんが私を引っ張って歩き出した。
まだ秋の初めとはいえ、もうすっかり寒くなった。
街も眠りについて、真っ暗になった道。
二人とぼとぼと歩く。
「私、夏生くん失ったのかと思ってた。まだ付き合える?」
「…アホらしい質問。だいたいまだ別れてもないじゃん」
「でも…」
夏生くんが立ち止まって私を見る。
「顔上げろ」
「…」
「上げろ」
おずおずと顔を上げた。瞼を閉じて、かすかに顎を上げる。
ああ、ブサイクだろうなぁ…。
私の肩に夏生くんが額を置く。
「…夏生くん?」
キスを待ってた自分に恥ずかしくなりながら、夏生くんの体を掴む。
「オレは、お前を失ったのかと思ってた」
弱々しく話す彼。
「オレ、愛想つかされたと思った。年下だし、アイツみたいにかっこよくないし、頭もそんなによくないし、つかもう全部負けだし」
「そんなことない」
「…自信ないし。美乃里どう扱っていいかわかんないし」
「…何言って…」
「でも好きで、全然嫌いになれない」





きつくきつく、抱き寄せた。
私も、好き。
大好きだよ。
「…さむ。上着返せ」
「え!」
「ウソだし」
帰り道。
シコリは全くなくなっていた。
手をつないで、ぶんぶん振って帰った。


…温かかった。











*END*


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