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雪村 聡
代わりに泣いたげる
小さな公園のベンチ。
導かれて先に座る。
先輩もあとから私の右側に座って、ニッコリとこっちを見た。

私はそんな先輩を見たまま、何も言葉にしなかった。

いや…できなかった。


見えない壁がここにある。
薄くて全く見えないけれど、衝撃に耐えるしっかりとした壁が。


それが私の言葉さえ遮っているようだった。
だから無理には発さない。
先輩が発するまでは…このまま待つ。

けれど、思っていたよりずっと早くに、先輩は口を開いた。

「オレさ〜、デブだったって言ったよね?」
先輩が遠くで噴き出ている噴水を眺めながら言った。
私も、その近くで動き回るハトを目で追う。
「…ええ、言いました」
「そのとき、オレをいじめなかったヤツが1人だけいたんだよね」
子供がハトに走り寄る。
「それが、綾瀬真珠っていう人で、現在の姉貴」



ハトが一斉に飛び立った。





飛び立ったと同時に先輩を見る。
「え…?」
「オレが中2の時に告って、付き合い始めて、今年で5年目になるはずだった」
けれど、先輩は私を見なかった。
どこを見ているのか――――遠くを見ている。
それは噴水ではない。
もっとずっと奥―…遥か彼方の内奥。
「でも…オレの親父とアイツの母親が再婚したんだよね」

それを聞いて、胸がキュッと縮んだ――――気がした。
1つの糸がほどけて、今しっかりと1本のまっすぐなものになった。

ああ――――そういうことだったのか。


「オレはね、家族とか世間とか、そういうの無視してずっと一緒にいるつもりだった。家族になるからって前と違う生活になるなんて想像もできなかったんだ。人生のほとんどがアイツだったみたいなもんだから」
「……………」
なんと返答していいか、よくわからないままだった。
うまい言葉が思いつかない。
「でもさ、アイツは違ったんだ」

また…その顔。
今にも泣き出しそうで、1つ上とは思えないぐらいに幼い…その顔。

「アイツは家族も世間も捨てられなかった」




やめて。
捨てられたわけじゃないんだよ。

そんな顔しないで―――――。


「例えばさ、このまんまうまくいったとして結婚しようとしたとして、その時どっちかが親と離縁しなきゃいけないんだよね?兄弟じゃ…結婚なんて無理じゃん?オレ別によかったんだけどさ、アイツが…ダメだって言ったんだ」


…うつむかないで。


「『家族』を壊したく…ないんだとさ」


やだッ!


無意識に先輩の体に抱きついた。
勢い余って先輩がバランスを崩す。

目をギュッとつぶって、ただ先輩を抱き締めた。

「み、美乃里ちゃん!?」
「それで?」
先輩の腕に顔をくっつけて、顔を隠しながら叫ぶ。
「それで!?」



「…なんで、美乃里ちゃんが泣くのさ」

先輩の体の力が抜けていくのを感じた。
それでもギュッとくっついて離れない。

「美乃里ちゃん」

先輩の手が、私の頭を撫でる。
それは温かくて、優しくて、またそれで涙が出る。

「オレの代わりに泣いてくれてんの?」

鼻を1度だけすすった。
泣いていると思われたくなくて、鼻をすするのを極力我慢しているつもり。
だけど、もう真っ赤な顔してる時点で、もうバレてるんだけど。


「先輩…お姉さんは、先輩を捨てたんじゃないよ」
言った後に、咳を2、3度する。
「…わかってる。真珠もそうオレに言ってくれた」
「先輩より、家族が大切ってわけじゃないと思うよ」
「…うん」
「きっと…つらい…選択だったと…」

もう言えなかった。

嗚咽が次々と出てきて、何かを話せる状態じゃなかった。
だけど、つらいのは先輩なのに。

こんな時こそ、何か言ってあげなくちゃいけないのに。

「…ありがとね、美乃里ちゃん」

先輩が私の頭を胸に寄せる。
不謹慎ながら、それにドキドキして。

ワイシャツをグッと掴む。

「…1番聞きたかった言葉、ありがとね」


まだ言いたいことはたくさんある。

ねぇ、先輩ははじめてそれを知った時、泣いたのかな?
どれだけ辛かった?
お姉さんになる彼女を連れ去って、どこまでも逃げたかったでしょ?


もうそれを推しはかることはできないけれど。


「…オレ、忘れなきゃね」

さっきよりもずっとずっと強く抱き締めた。






セミがしきりに鳴く小さな公園で。
私達は何分くらいそうしていただろう。

先輩が「そろそろ帰ろうか」と言わなかったら、一生そうしていたかもしれない。

「美乃里ちゃん」

真っ暗になったホームで、先を歩いていた先輩がこちらに振り向く。

「もうあんなふうに泣いちゃダメだよ」
「………………」
「勘違いするやつ絶対いるからさ」

電車が来る合図の曲が流れ出す。

「…しません…先輩にしか」

まともに目が開かないほど、腫れぼったい目をしながら、私はそう呟いた。
それはしっかりと先輩に聞こえていて。



先輩は微笑んで、そのまま電車に乗り込んだ。







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あきゅろす。
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