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雪村 聡
有刺鉄線

期末テストが始まろうとしている。
期末テストが終われば、7月がやってきて、蒸し暑い中での補習の日々。

それさえ終われば、夏休みがやってくるんだ。


期末テストを明日にひかえた、午後。
テストに備えて、午後は放課となる。

けれど、そんな午後は憂鬱で。
家に帰ったら机に向かわなきゃいけない。

カバンに荷物をつめて、ふと地元の駅の近くにある本屋に行こうと思いつく。
確か読んでいたマンガの最新刊出てるはずだし。





電車に揺られ、駅に着く。
駅員に定期を見せ、その流れのまま、駅を出た。


いつもの天気とは裏腹に、よく晴れ渡った空。
気持ちが良くて、深呼吸した。

本屋に着いて、お目当てのマンガを見つける。
ニッコリして手に取ると、なにやら大きな…影。

「『先輩とカノジョ』。不思議な題名のマンガだね〜」
そう言って、真横からひょいと頭を出す…先輩。

「うわ!せ、先輩!」
なんとなく恥ずかしくなって本を隠す。
まぁ、隠しても目の前にたくさん積んであるから意味ないんだけど。
ニタリといやらしく笑って、「今日はやけに元気なんだね」と言った。


そういえばこの前…私、先輩の前で大泣きしたんだった…。


思い出すとボッと赤くなる顔。
それを見て、先輩はまた笑った。

「にしても、先輩もマンガ買いに来たんですか?」
レジを通したあと、私はカバンにマンガを放りこむ。
「いやいや美乃里ちゃんじゃないから。オレは参考書買いに」
…参考書、か。

高3という現実を見た気がした。
そうだ…これから本腰。
文化祭が最後にはしゃいだイベントだったんだ。

「先輩は…進路決めてるんですか?」

そう言うと、先輩は照れ臭そうに笑い、「ちょっとね」と呟いた。


なんだか…一瞬先輩が遠くに感じた。
私は進路なんて考えてもなくて。目の前のテストにでさえウンザリしてるのに。
…私もあと1年したら、そうやってこの本屋に参考書を買いにくるのかな?

「美乃里ちゃんは?」
訊き返されて、正直困ってしまった。
ないっていうのが情けなくて、ついついごもってしまう。
「美乃里ちゃんも「ちょっと」ってやつ?」
笑って私を見てきた。
眩しいくらいの笑顔に、私の胸は熱く震えて。



先輩のこういうところが好き。
変な詮索しないとこ。何でも笑い飛ばしてくれるとこ。





それから彼が2つ駅向こうのクレープを食べたいと言い出したのはすぐだった。
私を誘うことなんて、先輩にとっちゃ何でもないことなんでしょうけど。
私は変に意識して、クレープなんて食べられないだろうな。



モジモジしているうちに、先輩にグイグイと引っ張られてあっけなく電車に乗り込んだ。
学校に向かう方面とは逆方向に進む電車。
いつもと景色は違っていて。
なにより隣に先輩がいることで、世界が眩しくて。
先輩のおかげで、…私まで明るくなったみたいだよ。


「さぁ〜着いた!」
子供っぽく跳ねて、駅の階段を駆け下りる彼。
ま、待って!
急いで走って追いかける。
曲り角で彼が見えなくなってさらに焦った。


――――――けれど、…わかっている。
キミはその曲り角の向こうでちゃんとこちらを向いて待っている。
「遅いよ!美乃里ちゃん!」



…ほらね?




駅前のクレープ屋はできたばかりもあってか、たくさんの人が列をなしていた。
私達も最後尾について、その時を待つ。

街はいつも以上に賑わっていて。
制服姿の人はあんまりいないけれど、なんだかカップルが多いみたい。
それになんだか照れ臭くって。




「先輩、何食べますか?」
人の隙間から、クレープのメニューを見る。
ツナサラダに生ハム、王道のチョコバナナに生クリームイチゴ。
「…先輩?」
先輩に視線を戻す。
…先輩がいやに静かで、おとなしくて。

見上げると、どこか別の方を見ていた。

「…先輩?」
もう一度呼びかける。
けれど、聞こえているのかいないのか、それすらもわからないくらい、先輩はジッと向こうへ。

「……………」
気になってその視線の先を追った。



向かいの歩道。
たくさんの人が行き来する歩道。
何のヘンテツもないただの歩道だった。
こちらを呼びかける人影もなければ、知り合いが歩いているようにも見えない。


「…あ」
ふと、足の隙間から黒いズボンがチラリと見えた。
交差する幾人もの足の隙間から、真っ黒な学ランのズボンが。

「…東城くんだ」

長めの髪に、着崩したファッション。
まさしく彼だった。
その隣を歩くのは――――。



「…何してんだよ、アイツら」

先輩が――――――呟いた。

「先輩!?」
列から飛び出した先輩を、私は必死で追いかける。
どうしてそんなに必死なの?東城くんが彼女といたらダメなの?


「先輩ッ!」

横断歩道の信号が点滅する。
先輩が無理やり横断した。
私はもちろんできなくて。




走り出した車のその奥で。


先輩が、東城くんと彼女に追いついた。
なにやら先輩が激しく言い、彼女がそれをなだめている。




「…なに?」
行き来する車の轟音のせいで、その声はまったく聞こえず、私だけがこちらの世界に残されたみたいで。
なぜか時だけが、ゆったりと刻まれていく。

なんでそんなに感情的なの?
なんでそんなに必死なの?




やがて信号が青になる直前。
車が止まり始め、人々が歩き出した。


彼女の手をつかんで、走り去る―――先輩。
残された東城くんは、呆気にとられていて。

「あぁ、美乃里ちゃん」
いつの間にか人の波におされていた私が、東城くんのそばに歩み寄る。
「あれは…東城くんの彼女?」
走り去った方角を見つめ、東城くんに問う。

「いんや…アイツの勘違いなんだけどさ」
頭に手を回して、東城くんは歩き出した。
待ってよ!
「…あれ、じゃあ誰なの?」
東城くんが私を見つめておし黙る。
なんで?
言ってよ。



「アネキだよ、アネキ」

その返答に、私も呆気にとられた。

あね…き?
お姉ちゃんってこと?


「極度のシスコンだね〜アイツ。なんちゃって」

東城くんがため息をついて呟く。
どういうこと?

不安と疑問が同時にやってきて。
胸の中がモヤモヤと騒ぎ出す。





目の前が、真っ暗になった。








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あきゅろす。
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