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雪村 聡
体育大会、最下位(ゆいさまキリリク)




夏の暑さが残る9月中旬。
体育大会が、目前に迫っていた。








駅前で、たくさんの生徒が行き来する。
そのほとんどが、西高の生徒。
夏服も、あと半月すれば見なくなってしまう。

先輩の夏服は、もう永遠に見られなくなる。



「美乃里ちゃん!」

駅前から伸びる道を必死に走ってきた先輩。
息を切らして、肩で息をしてる。
いったいどこから走ってきたんだろう。

不思議と顔の筋肉がゆるんだ。
年上なのに、年下みたいなあなた。
ずっとそんなあなたでいて。

「美乃里ちゃんの学校そろそろ体育大会なんだって?」
「え!?どこからそんな情報を!?」

驚きながら先輩に目を向ける。



噴水のきれいな、駅近くの小さな公園。
ここで話をするのが、実は私大好きだった。

とは言ってもまだ付き合い出して2週間。
何の発展も変化も…何にも見られないのだけど。


「見に行くからね」

ニッコリと笑う先輩。
いや待って!

「いや…いいですよ」
真っ青になって私が返事をする。
「え!?何で!?」
意外な返答に驚く先輩。
体育大会に見にきてほしいって思ってるのは、小学生ぐらいだと思うんだけどな。
「いいんです、本当に」
「なんで?」

それは…。
言いかけてうつむいた。

私はかなり運動音痴なんだ。
先輩に比べるとはるかに劣る運動能力。

そんなの…見せたくないもの。

「先輩は、勉強はかどってますか?」
「イタッ!その質問かなり痛い!」
先輩が腹を押さえる。
その仕草に思わず笑ってしまった。


良かった…。
うまく話反らせた…。










体育大会当日。
午前中の部を終え、昼ご飯を食べたあと、応援合戦が終わった。
見事にチアリーダーの服に身を包んだ夏菜が、私たちの前に登場する。

彼女は応援団に入った。
その衣裳ってわけだ。
「どう?似合う?」
健一くんの前でクルクル回る夏菜。
その仕草がかわいくて。
「かわいいかわいい」
と、健一くんが微笑して答えている。
私とチハルはそれを見ながら笑っていた。



「美乃里の旦那はこないの?」
夏菜に聞こえないように、私に問うチハル。
「うん、来ないよ」

夏菜のはしゃぐ姿を見ながら答えた。

「え?じゃあアレは?」
「…え?」

チハルが、グラウンドの向こう側を指差す。

え?
あ、…あれは!!





「せ、先輩!?」
ニッコリと私を見る先輩。
いやいや、先輩、来なくていいって言ったのに!


「美乃里ちゃん!来ちゃった!」
照れながら言う先輩。

「な、なんで…」
日にちも時間も言ってない。
なのに、なんで…?

「あ〜先輩!」

夏菜が雪村先輩にブンブン腕を振る。
それを見て、直感した。


夏菜が言ったんだ。
今日体育大会があるって…。


夏菜が教えたことよりも、それよりも、先輩が夏菜と連絡をとっていたことに腹が立った。
いや、そんなの当たり前なんだけど。


「おお、夏菜ちゃんかわいいね!!」
先輩が夏菜に駆け寄って笑う。


「そろそろ100メートル走の召集だってさ」
チハルが私と夏菜の肩を 叩く。
こんな時に限って…嫌なタイミング。

「マジ!美乃里ちゃん、ガンバってね」
眩しいくらいの笑顔でエールを送ってくる先輩。

苦笑を返したが、先輩は気付かない。
鈍感なところは付き合っても変わらない。


本当に嫌だった。
こんな時に限って一緒に走る人は運動神経のいい子。
最下位なのが目に見えてる。
ゴール付近にたたずむ先輩がなんとなく見えた。
よりによってゴール付近。
もう…ヤダ。
そう考えてる時に、けたたましい発射音が聞こえた。

え?ピストル!?

駆け出したのが、周りよりずっと遅かった。
ただでさえ遅いのに、もっとずっと遅くにスタートを切った。

バカバカ!
なんでこんなときにボーッとしちゃうかな!

真っ赤になりながら、うつむいて走る。ゴールにはあの人がいる。
どうしてこんなにかっこ悪いの。











…最悪だった。
かなり差を広げられてゴールした。
私の列の先頭を走っていたのは夏菜だった。
夏菜は昔から足が速い。ショートが軽やかに風になびいて、フォームがきれいだった。
うつむいて走る私は…もちろん悪い例。





タオルを首から下げて体育館裏の通路にあるコンクリートでできた階段に腰をおろす。
タオルで額を拭いて、荒い息を整える。
お尻にあたるコンクリートはほどよく冷たくて。火照った体を冷やしてくれていた。
「美乃里ちゃん?」
先輩が角から顔を覗かせる。
けれど、それは見ない。



あんなかっこ悪い姿見せた。
もう合わせる顔がない。

それに少し、苛立っていた。




「…なんですか」
そっけなく返事を返す。
そもそもの元凶は先輩だ。先輩が今日来たから…。
「元気ないね」
先輩が私の顔を覗き込みながら隣に座る。
…誰のせいだ。
「元気出しな?」
先輩が私の頭を撫でる。
「…どうして今日来たんですか」
口を尖らせて涙を堪えた。
やっぱりダメ。
先輩をいじめたくなってくる。
恥ずかしかった。
きっと先輩も呆れた。
変な走り方だった。結果も無残だった。




なのにどうして、頭を撫でるの。

「来たら、いけなかった?」
「はい」
「うっわ、いたー」
「…………………………」


たぶん誰よりも先輩だけには見られたくなかったんだ。
情けなくて、先輩とは大違いの自分を見られるのが嫌だったから。


「美乃里ちゃん、…かわいかったよ?」
先輩が私の顔をもっと覗き込む。
こっち見ないで。

「いつもよりずっとかわいかった」

何も言わないで。


夏菜とこっそり連絡とってたくせに。

何の話してるの。
どんな内容なの。
そんなことまで気になっちゃってんだから!

「何?」
涙目になって睨む。
このわからず屋。





「美乃里ちゃん」
先輩が、私の前の毛をかきあげる。
「ご褒美あげる」

突然の出来事に私はポーッとして。


先輩の唇が、私の額に…
「おーい美乃里!借り物だよ!…ッとと」
チハルが覗かせた顔を引っ込めた。
最悪なタイミング!


先輩を見上げると、優しく笑っていて。

「次もっとガンバっておいで。がんばったらご褒美あげる」
と、私の背中を軽く叩いた。


不思議と気合いの入る気持ち。

額が熱い。
触れてもいないのに。



最下位なのも、いいかも…ね。








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あきゅろす。
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