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雪村 聡
永遠のシリウス【完】



単純に、月日だけが流れた気がする。

夏休みはコツコツとバイトをして、夏菜に誘われた花火大会も我慢した。
夏菜は最近健一くんという人といい感じらしい。チハル情報なんだけど。

何かを忘れるように、ひたすら働いた。
8万はいったと思う。
一度だけ、コンビニに入る先輩を見かけた。
前となんら変わらぬ、あどけない笑顔。

どんな生活をしているの?
もう私のことは忘れちゃったかな?

気になることは、消化されずに積もっていく。



どれだけ流れただろうか。
もう数え切れない日々を越え、新しい恋にも出会えずに。
ムダに時を過ごしたとしか思えないほど、くだらない毎日。

今さら気付いてしまうのは、過ぎ去った恋の証拠?



あなたがいたから、毎日が煌めいていた。






2学期が始まった。
いまだ暑さを残す毎日。けれどそんなことも感じられないほど、毎日が忙しかった。
体育大会に文化祭…キミを忘れられるキッカケなら、いくらでもある。




「もしもし?」
体育の時間、夏菜がストレッチをしている私とチハルの間に割って入る。
夏菜はちゃっかり健一くんと恋人同士になっちゃった。
「なによ、どうしたの?」
「今度、地元の秋祭りがあるのですが」
私とチハルが顔を見合わせる。
「…健一くんと行きなよ」
「みんなでいこうよ〜」
「え〜!なんであんたたちのいちゃついてるのを見なきゃなんないのぉ?」
「いちゃつかないってば〜」

秋祭り…。
夏菜の地元の小さな祭り。
夏の陽気が残る熱帯夜に、地元の屋台が活気に並ぶ。
「…行こっか。久々に。夏は私行けなかったし」
チハルが渋々頷く。
「まぁ、いいけどさぁ」
「てかね、美乃里を気に入った人が健一の友達にいるの!」
「…え?」


集合場所は、祭り会場の近くの小さな神社。
たくさんの人が往来するなか、私が一番乗り。

久々にアップした髪型が気になって、うなじばかり触っていた。
「あ、美乃里!」
次に来たのは、チハル。
そして最後に来たのが、夏菜だった。

健一くんと、あとの男子は、もう祭り会場にいるらしい。
夏菜がメールで彼らと連絡をとる。

「祭り会場の中にある神社の前にいるってさ」

夏菜がケータイを閉じて、走り出した。
ま、待って!




夏菜に追いつこうと必死に走る。
周りの景色なんてお構いなしで、夏菜の背中を追った。

「おーい!健一〜!」
夏菜がブンブン腕を振る。
それに気づいた男3人。

見たこともない人たち。
でも妙に緊張はしなかった。
赤面も、動悸も、…何にもなかった。




男女ペアになって、祭り会場を歩く。私の隣にきたこの人が、私を気に入った人かな。
「キミ、名前なんていうの?」
肩に腕を回された。
…なんか嫌。
「柄園…美乃里」
払うように肩をすくませる。
けれど彼はそれに気付かない。
「俺、松下勇樹。よろしくね」
ニッコリと笑うけれど、どう見ても彼の笑顔は信用できなかった。
顔に、「あなたは遊び用です」って書いてある。

「美乃里ちゃんてーカレシとか好きな人とかいないの?」
夜が更けてきて、人口がグッと増える。
すれ違う人とも肩がぶつかって。
「いないですけど…」
なんで、見ず知らずの人に、私のプライベートを公開しなきゃいけないんだろう。
そんなことがふっと頭に浮かぶ。
あなたには関係ないじゃないか。
いてもいなくてもあなたには関係ない。
「あ、危ない!」
松下くんが、ぶつかりそうになった私の肩を抱く。
一瞬、嫌悪感が全身に走った。
「あ、すいませ…」
ぶつかりそうになった相手の顔を見上げる。

――――――そして、硬直した。


小さな地元の祭りで。
こんな偶然は、もはや必然だったのか。
「…………………」
何も発さずに、うつむいた。
「ユキせんぱ〜い!りんごアメ発見しましたよ」
東城くんが、人の隙間から顔を覗かせた。
「あれ?美乃里ちゃん?」
松下くんに抱かれた私を見て驚く。
そして松下くんを見上げるなり、「失礼しました」と小声で呟いた。



…勘違い、しないで。


あれから私、あなたのこと片時も忘れてない。


「りんごアメどこ?」
「え?」
「…りんごアメ」
先輩が、いつも通り明るい声を出す。
…なんだ、私がいてもいなくても関係ないんだね。
わかっていたよ。
あなたの人生ほとんどが、真珠さんだったもんね…。
「こっちですよ」
東城くんが、先輩を引っ張って人混みの中に消えていった。
…何も…言えなかったし、何も…できなかった。



「…西高の生徒会長じゃん。美乃里ちゃんの知り合いなんだね」
松下くんが、また私に向かって笑った。

…てか、こっち見ないで。


「…美乃里ちゃん?」
即座に松下くんの顔が曇る。



どうして。

あれから2ヶ月は経った。
時は気持ちを消化する。昇華させる。
…そうでしょ?



なのに、この溢れ出る感情は何?
流れ落ちる雫はなぜ?




「せんぱいッッ!」
叫んで走り出していた。
肩を掴む松下くんの手を振りほどいて。
「美乃里ちゃん!」
松下くんが私の名を呼ぶ。
でもあなたの声じゃ、私止まらないよ。

心臓はあなたにだけ反応してドキドキと弾むの。
あなたにしか、反応しないの。



そう。
雪村聡という存在だけに。
たった1つの輝かしい星。



「…美乃里ちゃん?」
ちょうどりんごアメを買っていた先輩を見つける。
両手に大きなりんごアメ。

いつもの先輩。

「…久しぶりです」
顔を真っ赤にしながらも冷静を保つ。
もうとっくに気付いているだろうけど。
これから私が何をするかなんて。


「…うん、久しぶり」

先輩が穏やかに笑った。
それは3ヶ月前、合コンで私の手を引っ張った時と同じ笑顔。


眩しいくらい元気で、明るくて、幼げな。
「…食べる?」
先輩が右手を差し出す。


その差し出された右手ごと―――――――掴んだ。




「ください…あなたごと」




反らさない。
逃げたりなんかしない。
あなたの目をしっかり見て、この気持ちをしっかり伝えたい。
何度もヘタクソに気持ちをぶつけた。
そのたびにすれ違ったり、失敗したりして…たくさん泣いた。


それでもあなたが欲しいと思う。
気持ちをすり減らして、涙を枯らしても。
あなたが…欲しい。



「ハハ…強烈」

照れ臭そうに先輩が笑う。
初めて見た、先輩の赤い顔。



「…ホント、久しぶり」
先輩焼けてない。
今年は図書館とかで勉強したのかな。
先輩、夢があるって言ってたもんね。
「…オレね、この前家族と旅行に行ったんだ」
「…え?」
あれ?
スルー??
「親父と、母さんと…真珠で、琵琶湖に行ったんだ」
「あ…はい」
小刻みに首を縦に振る。
どうしよう、話題が逸れちゃった。
「普通だった」
先輩が少し下を見る。
あんまり表情が読み取れない。
「ごく…普通だったよ」



祭りの喧騒が、私たちの沈黙を消していた。
先輩がこんなに黙ったことはあったかな。

右手を握っていた手を離す。
なんとなく…怖気ついた。


先輩がそれに気付いて右手を差し出す。

「…いる?」

諦めて、りんごアメを貰おうか。
貰ったらきっと…ただの友達になるね。

そう思いながら、少し笑ってりんごアメを受け取った。

…サヨナラ。















「…オレで、いいの?」
ポツリ、と先輩がもらす。

「え?」
顔を上げた。
今の、どういうこと?

「オレ、弱々しくて全然かっこよくないとこばっか見せてるのに…いいの?」

涙も出さずに、先輩を凝視した。

…これは、夢?


「ごく普通に家族として真珠と旅行できた。どうしてかなって考えたんだ。…答えが出るのに、ずいぶん時間がかかったけど」

口を押さえた。
目頭が熱くなって、口が震える。

「オレ、好きだよ、美乃里ちゃんのこと」

りんごアメを持って笑う先輩。
合コンの日と―――――なんら変わらぬその笑顔が。



大好きだった。
その笑顔に一目惚れした。

その笑顔がこちらに向かって微笑まれることを、いつか…夢見ていた。


「私でいいんですか?」

鼻声で問い掛ける。

「…いいよ」

あっさりと優しい返答。
りんごアメを放り投げて抱きつく。

「ちょ!マジ!?1個800円なのに!」
抱きついた私の頭上で、叫ぶ先輩。
りんごアメよりも大切なもの、右手で掴んだ。


「好き…」

唱えるように呟いた。
もう、いいんだね。
苦しみに胸を痛ませることも、真珠さんと並ぶ先輩を見て傷つくことも…もうないんだね。



キミは、輝ける星。
私の中に流れてそのまま居座った、この夜で一番輝く恒星。



キミは、私の永遠のシリウス…






*END*



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