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山口 千明
好きな人の好きだった人(奈々様キリリク)@










「…わかったか?」

「…んっ…うん」

「つまり…これがたつんだ…」

「ヤダ、こんなに大きいの…?」












「難しいけど、頑張れよ」
山口くんが、背もたれに寄りかかる。
「なんでこんな公式が成り立つの!?しかも数大きすぎて解く気が失せちゃう!」
「…まだそんなの序の口だろ。いい加減マスターしろよ」

夏休み目前の図書館。
相変わらず数学の宿題に悪戦苦闘。
檜山という冷血漢教師が担当なもんだから、死んでも課題は出さなくちゃ。

ふと横を見れば、涼しげな顔をした山口くん。
ケッ、天才はいいよなぁ。

私は宿題の紙に目線を戻し、うーんうーんと頭を悩ませた。






「あれ…?千明くん…?」

かわいい女の声が、山口くんを呼ぶ。
反射的に振り返る。

「…菜摘?」

驚いた顔をして、女の人を見る山口くん。
え!?知り合い!?
物凄い形相をして、女の方を見た。


「…久しぶり。元気にしてたんだね」
見ると、安堵の色を浮かべる黒髪の美少女。
制服は、あの超有名進学校の黒澤国際高校の制服じゃない!

「みんな元気だよ。チヨリも、里中くんも、…私も」




彼女を一言で言うならば、「癒し系」だと思う。
ハッキリ言って目立たない子だと思う。けれど、いないと寂しい。そんな雰囲気をかもしだす人。
正直、山口くんが好きそうなタイプ。

「この図書館で勉強してるの?偶然!私も先週から」
「菜摘」
山口くんが会話を遮る。
「隣、見てくんないかな?」
冷静にピシャリと言い放つ。
ちょっ、私いづらいじゃない!
「あ、あはは…ども」
我ながらヘタクソな挨拶をする。
その瞬間の彼女の顔…なんて悲しそうな顔。
私は一瞬でわかった。
この子…。



「あ、ごめんなさい…!じゃまた…」

そそくさと歩き出す彼女。
けれど足がなんだか動きたくなさそうな。
「悪いな」
山口くんが前を向く。
「いや…いいけど……彼女?」
「……………は?」
「元カノかなって…」
山口くんがため息をつく。
「…いや、ただの幼なじみ」
「そうなんだ…」
安心した声を出した。「ただの」なんだね…。
「よかった〜私てっきり昔の好きだった人とかかと思ったよ〜」
「あ〜そんな時もあったかも」
「ヴェ!?」

染々と言って、ボーッとする山口くん。
ちょちょ…ちょっと!?

「ま、あいつ彼氏いたし、今もいるだろうし…もう過ぎ去ったことなんだけど」

じゃあその後ろ髪引かれた言い方…なに!?

「と…トイレ行ってくる…」





ああ、大打撃。
トイレで1人緊急会議だよ。



女子トイレの扉を開く。
けれど扉は思った以上に軽く開いた。
向こうから誰かが引いたみたいだ。

「あ」
トイレにいた先客はさっきの…『菜摘』サン。
「あ」
彼女も私と同じような反応をする。
よく見ると、この子すごい美人だ。まつ毛はバサッとしてて、髪もツルッとしてて、胸もドカンッて出てて…。
「ど…どうぞ…」
彼女が少しだけ顔を赤くしてトイレを譲った。
な、なんてかわいいの!!
私はその好意に甘えて、トイレの個室に入ろうとした。
「あのッ!」
「?」
彼女が振り返る。
え?わ、私だよね?
「な、何です?」
「…別れて…ください」






………………………………………………………………………………………え?


空気が固まる。
「どうして椿川女子高となんかと付き合う経緯になったのかは知りませんが、千明くんは未来溢れるこの街の…ううん、この国の大切な人なんです!」
一生懸命に言う彼女。
言うことは残酷だけど、それを言った勇気、一生懸命さ。
やっぱりいじらしくて。




…けれど、譲れない。

「あの…でも」
「千明くんは私のことを一番好きだって言ってくれた」
「え!?」
今一番衝撃の強い一発を食らわせられる。
い、痛い!反撃ならず!!
「千明くんは黒澤国際…ううん、あの滑津進学高校だって行けた!」

そんなこと言われても…。
そう思いながらも、反撃の一手が出せない。

「…お願い。千明くんを返して…」

彼女の声が徐々に小さくなっていく。
徐々に顔もうつむいていって。

「お願い…」
いよいよ鼻声になった。


「…何してんの」
山口くんが顔を覗かせる。
「女子トイレの真ん前で何やってるかと思えば」
「いや…その…」
「菜摘?お前どうした?」
山口くんが菜摘さんの顔を隠す右手を掴んだ。


…変に思うかな。

私が泣かしたって思うかも。

「千明く…ん、好き…」

山口くんが驚いて私を見た。
いや、あの、私を見られても困る。

「好き…どうして西高に進路変えたの?私てっきり黒澤国際高校に行くと思って…」
「いや、西高の方が家から近いし…てかお前里中ともう別れたのか?」
「もうとっくの昔だよ!!」
涙目を山口くんに向ける。

やめて。
そんな目で山口くんを見ないで。










傾いちゃう。



「…菜摘、あのな、俺コイツと」
「そんなの聞いてない!ずっと好きだったのに!!」

大きく泣き声を上げて、菜摘さんは山口くんの胸に流れた。




やだ。
どうしたらいい?







傾いちゃう。

「あ、私今日帰ります」

逃げ。
もうこれしかできなかった。

見たくない。
傾いていく山口くんの横顔など。



交差点まで一気に走った。
額ににじむ汗を手で拭う。


そして、悔しさで胸が焼け焦げてしまいそうだった。


















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あきゅろす。
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