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山口 千明
私たちって…【完】



唇に、全身の神経が集中した。

これが返事、でいいよね?

薄いまぶたを持ち上げれば、メガネを外した彼が。
ああ、すっごい。想像以上の美少年。
切長の目で、薄い唇がキュッと結ばれていて。

これに、触れたんだ…。

「…帰る」
「え?あ、う、うん!じゃあね!」
真っ赤になってうつ向いた。
山口くんが席を立って去って行く。
ああ、緊張した…。



「え!?マジで!?」
「キ、キス〜!?」
チハルと夏菜が口々に驚嘆の声を上げる。
それは悲鳴に近いほどの大声で。
私は目をつぶって、怯えるくらいの迫力で。
「わ、私でさえ雪村先輩とまだだっていうのに!!」
夏菜は半泣きで頭を押さえる始末。
「で、付き合うってこと!?」
2人に気迫溢れる質問をされ、私は一瞬頭が固まった。
「…え?」


…あれ?
付き合う…ってこと…?

「え?もしや何も言われずに、キスされた…なんてこと…」
「軽く強姦じゃない?」

ご、強姦…。
いやそんな大げさではないけど。


あれ…?
付き合うって…何?





―――図書館の前。
昨日まではワクワクしながらこの階段を駆け上がっていたのに、…なんだろう。
なんとなく足が重い。

今日も重々しい雲が空を覆っている。
今にも降りだしそうな天気。


…いるかな?
今までは来てたもの。…来るよね?


いつもの席。
頬杖をついて空を見ている。
これが毎日の日課だった。昨日となんら変わらない。

遠くの空で稲光が走った。
ゴロゴロとかすかにうめいて、やがて窓を濡らし始める。


こんな天気でも、キミは来てた…はず。



閉館のアナウンスが流れた。
私は結局2時間ほどここで頬杖をついていた。
いつもならいるはずの隣の席のキミは、今日はどこにも見当たらない。

もしかして、付き合っていないのかな。
あのキスは、魔がさしたってやつ?

…山口くんならありえるのかもしれない。


カバンを掴んで席を立った。
あぁ、なんか昨日とは大違いのテンション。

図書館の前で傘を開く。
真っ暗な世界に降り落ちる雨は、次第に強くなってるみたい。

「…帰ろう」

布製のスニーカーは、すぐにしみてきた。
冷たくてグニュグニュ言ってる。

「明日は来るよね」
2階の窓を見上げた。
キミと私が座る場所。
…必ず、来てね。



…次の日も、ひどい雨。
もうしばらくは太陽を見ていない気がする。
例年よりも湿気が多くて、降水量も多くて。
最近、朝は晴れていたり、曇っていたりするのに、夕方には必ず雨が降っている。
けれど、彼はやってくると信じている。
…信じている。


窓の外を、昨日よりも恨めしそうに見上げていた。
街灯が灯り出して、 人がチラホラと席を外す。
読まないのに取ってきた小説には手をつけられそうにない。小説ででも気を紛れさせられない。
ただ、時計とキミの席と空を見比べて。


…時間が過ぎる。


傘は、ささずに帰る。
右手にはしっかりビニール傘を持っているけれど、さす気になれなかった。
すれ違う人がいちいちこちらを不思議そうに見ている。


でもこうしていたい。
泣いているのが、わからないから。



「夢、だったのかな」
翌日もやはり窓の外を見ていた。
いつもの席、いつもの時間。
けれどもう2日ほど彼の姿はない。
こうなると、夢かと錯覚してしまう。キミから確かな言葉が聞きたいのに、キミがいない。
私は、ここから動けないんだ。

5時になるのを見て、私は席を立った。
…もう、来ない。
どうして来ないの。
どうしてキスしたの。
あなたは私を好きではないの?

聞きたいことは山ほどある。キミに会いたい理由が、山ほどあるのに。
キミには…ないの?




どんよりとした空を見上げながら、傘を開いた。
髪が首筋にまとわりつく。偏頭痛が起こりそうなほど、湿気は多いみたい。

「…なによ」

キミへの愚痴が、涙と一緒に零れ落ちた。
期待していたのは、私だけ?
会いたいと思うのは、私だけなの?


交差点に着いて、私は涙を拭いた。
もう泣かない。
もう期待しない。
そう思って、顔を上げた。

見上げると、私の傘にもう1つ大きな手が絡みついている。
え?
私は手の持ち主を見上げた。

「…山口くん…」
びしょ濡れの山口くんが、私の傘を掴んでいた。
「…ど、どうして…」
「…最近…、中間テストで…」
息絶え絶えに話す彼。
どこから走ってきたの?
「…学校で補習があるんだ」
「…補習…」
じゃあなんで連絡くれないのか、と問おうとして、口をつぐんだ。
私は連絡する必要がない相手なのかもしれない、山口くんにとって。

「…ごめん」
山口くんが、前髪をかきあげて呟いた。
濡れたメガネを取り払って、私を見つめる。
「…謝らなくても…」

謝らなくたっていい。私はあなたにとって、きっとただの友達。





「………好きだ」

「………………」


ハッキリと、聞こえた。
今ハッキリと明瞭に、キミの声で、私の聞きたかった言葉。
「俺、大事なところバカだけど」

フッと笑ってしまった。

………ホントにね。




手を伸ばして、彼も傘の中に入れる。
彼が気付いて、その傘を受け取った。
もう片方の手で、肩を掴まれる。


「…付き合おう?」








それから、梅雨に降る、キスの雨。








*END*


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あきゅろす。
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