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山口 千明
予行、練習…だからね

次の日は、まともな勉強道具も持たずに図書館へ駆け出していた。
目的は1つ。
彼にお礼を言う。



バタバタと駆け込んで、図書館内を見渡した。
壮大な足音に、みんなが注目して。
だけどそんなことは関係なかった。
山口くんを探さなくちゃ!


あんなすばらしいレポートを書いてくれたんだ。
お礼を言わずにはいられない。
胸がドキドキして熱くて、苦しくて。ただ左右に並ぶ本棚を見向きもせず。

走る、走る…キミへ。


「・・・・・」
肩で息をしながら、私は山口くんを見つめていた。
いや走ってきたのはいいけれど、声すら出せない状態で。
「…なんか、言わなくてもわかる。レポートだろ?300円ね」
首を振った。
「300万払わなきゃ!」
山口くんが小さく笑う。
「…払えんの?」
口の中がカラカラで、彼の冗談一つ一つが嬉しくて。

…これが、恋…?




「へぇ。言ったら?」
「…え?」
次の日。
チハルと夏菜に思い切って打ち明けた。
うまくいえないけど、これは恋なんじゃないかな、と。

すると、この返答。
「あの…そこまでは言ってないよ?」
「うん、でも言えば?」
夏菜もこんな調子で頷く。
いや、だから。
「私は恋をしてるかもって言ってるだけで、付き合うとかその…」
私はうつ向いた。

告白なんか、絶対無理だし。

「でもさ、向こうはどうなのかね?」
「え…?」
「わかりきってるよね」
チハルと夏菜が交互に言う。
…この前からどうも2人が私をじらす。
「なに?どいこと?」
少しだけイラついて聞き返す。だけど、夏菜もチハルも目を合わせなくて。


…なんなの。




雨の、図書館。
もうほぼ日課。
だって、…会えるから。
頬杖をついて、空を見上げていた。
真っ黒な空。
今日は来ないかも。


「最近、妙にここにいるよな」
イスを引く音がして、隣を見る。
ああ、来た。

「あ、うん。最近、宿題すごくて」
「机に何にも広がってないけど?」
顔を真っ赤にして、カバンから教科書を無造作に取り出す。
ウソ、…バレバレ?
「…いつも分厚い本読んでるよね、何?」
話題を反らすように本を指差す。
本当に分厚い本。
『天才』ってウワサ、ウワサだけじゃないのかも。
「あぁ、医学書。いちおう医者になるつもりだから」
驚いて山口くんを見上げる。
今、すごいこと言ったよね???
「…なんだよ、悪いか」
少しだけ紅潮した山口くん。
…本気なんだ。
ううん、本気でもちっともおかしくないよ。
「なれるよ、きっと」
私も紅潮して下を見た。
…なんだか照れるな。でも、正直な気持ち。


小1時間は、経ったと思う。
ただ横を見ることもできないまま教科書を睨んでいた。
時たま教科書から目線を反らして彼を見ようと試みる。…けれどドキドキして見れなくて。
目が合ったらどうしたらいいかわからないし。




ふと視界の端で、カクンと頭が揺れた。
私は驚いて彼の横顔を見た。
まぶたが…閉じてる。
寝てるの?

私は教科書を横において、彼の横顔をまじまじと見た。
…どうしよう、かわいいかもしれない。
「山口くんでも疲れる時あるんだね」
ボソッと呟いて、愛しそうに彼を見た。
今なら言えるかな。

予行、練習…だからね。


「…好きだよ」

言ったあと、自分の顔がみるみるうちに熱くなるのがわかった。
全身の血液が頭に舞い上がって噴火しそう!
窓ガラスに自分の顔を映すと、見事に私の顔が真っ赤になっていて。
辺りの人の視線を気にしながら、席を立とうとした。
…これ以上はここにいられない。
やっぱり告白なんて無理だよ。


「待てよ」


腕を、掴まれる。

お、おおおおお起きてた?

「あ、…おはよう」
「寝てない」

うっそ…。

「たぬき寝入り?」
「考えてただけ」

…マジで?


「えっと、私そろそろ帰るね」
「待てって言ったろ」

強引なその手は、私を席に座らせようと引っ張る。
ああ、待って。ホントに噴火寸前。

まっすぐできれいな瞳。メガネの奥は見事な美少年。
ああ不釣り合い。なんてことを私言ったんだろう。

「あ、あんまり見ないでくれるッ!?」
かすかに声を裏返りさせながら席に戻る。
本当は走って帰りたい。

「…本気で言った?」
「な、なにを?」
「『好き』って」
直球で聞くなぁ!恥ずかしい!
私はそう心の中で怒鳴った。
ああやめて。後悔の嵐。
私は真っ赤になりながら、ガラスに映る自分を見ていた。
ガラスに映っている山口くんは、こちらを見ていて。
絶対隣に視線を移せない。


「ねぇ」

耳元で、甘くて低い声。
あの帰り道と同じ、安心を誘う優しい音色。

「キスしていい?」


ダメ、なんて言うと思う?

ガラスを睨む私の視線は、やがて真っ黒な髪と瞳に遮られて。




目を、閉じた。


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あきゅろす。
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