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山口 千明
帰り道

しばらくして、落ち着いてきた私は、この変な状況をやっと理解した。
さきほど私に怒鳴った山口くんが、隣で素直に座っている。

…あまりにも不思議な光景。

「え、えっと…」
私は何か話そうととりあえず声を出した。
その声に気付いて、山口くんがこちらを見る。

「1つ…聞いてもいいかな?」

山口くんはいぶかしげな顔をした。
やっぱ怖い!

「…なに」

「…なんで…、さっき…」

「…合コンのこと?」

さらっと返してきて、私は彼を見上げた。
街灯に照らされた彼の横顔はやっぱり美しくて。色白に浮かび上がるその滑らかな肌が、男のものとは思えない。

「なんで怒鳴ったか…だろ?…悪かったよ」

さっきとは違って落ち着いてる山口くん。
それになんだか照れてる。かわいいかもしれない。

「合コンって聞いてなくて、無理やり来いって言われてさ。結構イライラしてたんだ」

「…そう」




つまりはやつあたり?
そう思った。
だけど、声が落ち着いてて少し甘くて。それだけなのに、許してしまう。

「そろそろ帰るか。危ないし…送る」

「えっ…でも!」

立ち上がった彼に、私もつられて立ち上がった。
「っていうか山口くんの家…どこの方なの?」

「…中峰」

「中峰って…」

ここと正反対。
駅も違うし…そもそもここにいること自体、不自然。
…もしかして…。

「いいよ、送る」

私を、追いかけてきましたか?


初めて男と並んで歩く。
たぶん彼も初めて女子と歩くんだろう。
お互い意識しまくって、とても広い距離を置いて歩いていた。暗闇のおかげで、私が赤面している姿がわからないことが唯一の救いぐらいで。
街の喧騒が…2人の沈黙の間に流れた。

「合コンとか、初めてだったんだね。そんな感じだったよ」
「お前もな」

会話が続かない2人。
ああ、どうしよう。何か話題を出してくれてもいいのに。

「お前さぁ」




山口くんがそう切り出してきて、私は吸い込まれるように彼を見た。
「うん、何?」

「危なくなったら、叫んだ方がいい」


相変わらずムスッとした顔で、私を見る。
…わかってるよ、そんなこと。


…怖かったんだから。

「うん…」

「って言っても無理そうだな。ハイ」

紙切れを渡される。
…コレ…。


「電話もできなくなったらオワリだけど」

私は呆気にとられた顔で、彼を見上げた。
これってつまり…。


「危なっかし」

背後から自転車がやってきて、彼が私の腕を掴んで引き寄せた。
胸に頬があたる。
見上げてドキッとした。

端正な顔立ち。
時々驚くくらい冷たくて。

だけど、危なくなったら助けにきてくれる…ってことでしょ?

この紙切れが何よりの証拠。


「ありがと」

私はこれでもかというくらい真っ赤になって、彼から離れた。

「ばーか」

「え!?」

「自惚れんなよ」

デコピンされて、目をつぶった。
だけどその笑い方…意地悪だけどキライじゃない。

「ていうか…好き」
「ん?」

思わず口に出して、私は両手をブンブン振った。
「あっ、いやっ!気にしないで!」

「変な女」

また山口くんが冷たく言い放った。
でも構わない。
全然痛くないの。

紙切れ一枚で見方が変わった私って変かな?

「じゃあな」

「うん、ありがとう」
駅で、山口くんが方向転換して、夜の闇に消えていった。
右手に持っていたケー番を見てから、もう一度彼を見た。



…いつの間にか彼が見えなくなるまで、見送ってしまっていた。


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