[携帯モード] [URL送信]

山口 千明
意味不明男

カラオケボックスに入ると、もう席がほとんど埋まっていた。
残っているのは扉に近いソファの角。
私はもっと早く入ればよかったと後悔した。

どうしてよりによってこの人の隣なんだろう…。

「オレだって今お前と同じこと考えてるよ」

ムスッとした顔で、メガネの彼が座る。

「…ごめん」

なんとなく謝って、私は小さくなった。

「なんだよ!謝れなんて言ってないだろ」
「でも…」
「はぁ」
盛大な溜め息をついて彼は腕を組み直した。
私はますます小さくなった。

「お前、名前は?」

「え?」

「名前。聞いてやってんの」

なんて人だ!恩着せがましい言い方!

「…柄園、美乃里」
キライ。
そんな感情が胸にポッと出てきた。
いいのは顔だけってこんな人のこと言うんだ、きっと。
「柄園…ね。珍しい」
「あなたは?」
「山口千明」


…女みたい。
心の中でケチつけてやった。
早く合コンが終わってほしい。こんな人の隣、もうヤダ。

泣きそうな顔をして座ってるせいで、他の男子も話してきそうにないし。
合コンなんてやめときゃよかった。
「その顔、オレのせい?」
隣から声がして、私は見た。
こちらは見てないけど、今私に言ったよね、山口くん。
「あ、その…」
なんて言えばいいんだろう。
確かに彼のせいなんだけど、それをフォローする言葉が浮かんでこない…。
「悪かったなぁ!」
席を立って、山口くんが大声で叫んだ。
みんな一斉に彼を見る。
カラオケボックスではありえない静寂。
山口くんはハッとして部屋を出て行った。
私の心臓はまだバクバクしてる…怖かった。
「なんだったの、アイツ。大丈夫?美乃里」
「…うん」
夏菜に支えられて、私は今にも泣きそうだった。
本当になんだったの?私が悪かったのかな?
「うっ…」
私は夏菜の温かい胸にホッとして泣いてしまった。
もう合コンどころではないくらいのテンション。
「今日は、解散、すっか」
明るそうな男の子が、マイクを置いてみんなに言った。
誰も私に文句は言わなかった。
原因は彼にあると、みんなわかっているようだ。
「ごめんね。アイツを誘ったオレが間違ってたわ」
ツンツンの頭をした男の子が、私の顔を覗き込んで言った。


夕方。
早い合コンのお開きとなった。
カラオケボックスの前で、チハルや夏菜が向こうの男子に手を振る。
「…ごめんね」
私は鼻を真っ赤にして、下を向いていた。
「何言ってんの。美乃里は悪くないよ!悪いのは、変なインテリ野郎!」
「…ごめんね…。帰るね」
「美乃里…」
心配そうなチハルの声を背中に受けながら、私はトボトボと歩き出した。
さっきの山口くんの怒鳴り声が耳なりのように聞こえてくる。
「私が…悪かったの…?」






すっかり真っ暗になった公園を横切った。街灯のかすかな光が、濡れた地面を照らしているだけ。
私は自分のスニーカーを眺めながら歩いていた。
合コンなんてやめとけばよかった。
ううん…せめてあの時私がフォローしたら…。
「?」
視界の隅で何かが動いた。
私は横を見た―――…けれど何もなくて、ただの茂み。
「……」
だけど何か悪寒がした。

私は走り出した。
足は速い方じゃない。でも走らなきゃいけない気がした。
足音が…増えた。

どんどん迫ってくる足音。大きく聞こえてくる息遣い。
「………きゃ!」
後頭部の髪を一気につかまれた。
痛さで私は立ち止まる。涙目になって見上げると、街灯で逆光を浴びた大きな壁がそびえたっている。
「…あっ…あぁ…」
恐怖で、私は声も出せない。泣くことしか、できなかった。
「いたっ!」
茂みに力強く放り込まれて、私はよろけて座った。
息の荒い男が迫ってくる。
「………」
でも声は出せなかった。
「いっ…!」
胸ぐらを掴まれた。…とその時。




「何してんだよ」




どこかで聞いた、声。


黒い影がものすごい速さで駆け去る。
私は腰が抜けてその場で座り込んでしまった。

「何…してたんだ?」

光っているメガネで、完全に誰なのか理解した。
でも今はその存在すらありがたくて。

涙が…出た。

「わからないの。知らない人」


「…マジで?」

「待って!」

走り出そうとした彼を、私はこの時初めて大声で呼び止めた。


「…行かないで。…ここにいて…」

まだ整わない息。
怖くて動かない腰。

彼―――山口くんは何も言わなかった。
怖くなかった。

ただ、私の隣に黙って座ってくれた。


[前へ][次へ]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!