山口 千明
努力していこうよ(りんさまキリリク)
最近いつも怒ってばかりだね。
なんでそんなにイライラして私にそんな態度をとるの?
私のことが嫌いになりましたか?
そんなにイライラしますか?
もう…あなたは、私と別れたいのですか。
白い紙になかば殴り書きで綴った気持ち。
突然浮かんだ言葉じゃない。
わかるでしょ?
どんな言葉や態度でも、すぐに崩れる脆い気持ちなんだから、もっと優しく大切にいたわってよ。
それは、昨日の出来事だった。
数学の宿題をする彼の横で、私が夏休みの計画をたてていた。
いつもの日常で、それが日課であり、楽しみでもある。
「ねぇ、海にさぁ、今度はちゃんと水着待っていこうよ」
「うん」
「あとね、バスに乗って田舎に行くっていうのも楽しいと思うんだ」
「うん」
「それに…」
「柄園、悪いけど」
鉛筆を動かしていた彼の手が止まって、私へ体を向ける山口くん。
「集中したいから、頭の中で考えて」
「う…うん…」
私はまたやってしまった!と反省した。
山口くんは高2にしてもう夢を選んで、それに向かって歩いている。
その夢への道に誰も入り込むことは許されない。
私もそれは十分承知で、邪魔する気なんてなかったのに…。
しょんぼりしながら前を向く。
図書館前を走り去る車の数々。ジュースやアイスを持って行き交う小学生。
そうだ、近くに市民プールがあるんだっけ。
ポケ〜っとそんなことを考えながら窓の外を見る。
正直、山口くんがここにいなかったら、今頃私はあの小学生みたいに汗かいて遊んでるんだろう。
「あ、美乃里ちゃんじゃん?」
明るくて元気な声。
聞こえてきた方向を見ると、かすかに焼けた雪村先輩。
「先輩!お久しぶりです!」
笑うとあどけない先輩の笑顔。
夏休みに入ってからずっと見ていなかったけれど、先輩はやっぱり元気そう。
「美乃里ちゃん達、相変わらず仲いいねぇ。羨ましい」
からかうように言う先輩に、私の頬がかすかに紅潮する。
「や、やだ…何言って…」
「いやいやここは熱いわ」
「やめてください!からかうのは!」
「ちょっと静かにしてくんない?」
鋭くて冷たい、山口くんの声。
その声が聞こえて、私と雪村先輩はハッとして会話するのをやめた。
「ごめんね、山口くん」
「……」
また机に向き直る山口くん。
またイライラしてる。そうやっていつも私を無視するんだから。
そのたびに傷ついたり、気を使ったりするのはこっちなんだよ。
そうやって心の中で彼への不満を思い浮べると、普段は思わないことまで思いついたりするもので。
急に彼が憎々しく思えてきた。
「…ねぇ、山口くん」
「ちょっと待って」
彼がこちらも見ずに呟いた。
筆箱を開けてペンとメモを取り出して、半ば殴り書きで言葉を綴る。
「私、帰るね」
すっくと立ち上がって出入口を目指した。
「え?…柄園?」
自業自得なんだから。
私のことなんか、勉強の次なんでしょ。
夢を追ってるのは、わかってる。
邪魔しちゃいけないってわかってるよ。
でもそれでも、私はあなたの一番になりたい。
夢を2番目にしろって言いたいわけじゃない。
ただ、見てほしいだけなの。
こっちを見て「そうだね」って優しく返してくれたっていいじゃない。
好きであなたをイラつかせてるわけじゃないし、怒らせてるつもりでもない。
ちょっとでいいから、前みたいに笑ったり助けてくれたり…優しくしてよ。
次の日は、登校日。
昨日の今日で彼に会うのは気まずいから、学校だったのがひどく助かってる。
玄関を開けると、夏特有の湿気を含んだ風。
うなじを通り抜けて、セーラー服の襟をめくり上げた。
肌を焦がす、熱い太陽光線。
憂欝な、朝だった。
「うわ、すごいクマ」
「可愛くないよ〜美乃里その顔。恋してるとは思えない」
夏菜とチハルが私を囲んで口々に言う。
なんとでも言って。昨日悶々と考えすぎて、眠れなかった。
「それにしても、あのインテリ野郎といよいよケンカでもした?」
今だに彼をいけ好かないチハルと夏菜が、ワクワクした様子で私を見る。
いやケンカっていうより、一方的な…。
「おーい席につけー!ホームルーム始めるぞ〜!」
山口くん、どう思ったかな。
彼のあの性格だもの。売られたケンカは買うよね?
ボーッと先生を見る。
先生の声が耳に入らない。心の中がカラッポだ。
どうしてあんなこと言ったのかな。
今更自分の行動に後悔する気はないよ。
でも、本当に別れちゃったら…。
「おーい!おーーーい、美乃里〜?」
手を目の前でヒラヒラさせる夏菜に驚いて、体を跳ね上げる。
「え?あ、アレ?」
「もうとっくにホームルーム終わったよ?」
「え…?」
周りを見渡すと、すでに放課後となった教室の姿が。
お昼が近いのか、校舎の影が短かった。
「てか美乃里〜」
夏菜がニヤニヤして私を見る。
何かを楽しんでる顔。
「何…?」
「さっきまですごい大騒ぎだったんだからね!」
そう言って夏菜が私にデコピンをした。
「いた!」
おでこを押さえて夏菜を見る。
けれど夏菜達はカバンを持って走り去ってしまって。
「え?」
扉の影から…、山口くんが現れる。
「え?ウソ!え!?」
ここは椿川女子高校なんだよ!?男子なんか入ったことないんだよ?
「校門で待ってたんだけど、なんでか案内されて」
「?」
もしかして、さっきまで大騒ぎだったってこのこと…?
「…でも、どうしてこの学校に?」
「それは…」
彼が言いかけてたじろいだ。
どうして怒ってないの?
照れ屋のくせにどうしてここまで来たの?
そこまでしてここに来て、何をする気なの?
「柄園が…、別れたいのかって書くから」
昨日の、思いを綴った紙を思い出す。
そうだ、最後にそう綴った。
結構ケンカを売ってる言葉。
優しくしてよって、思いっきり気持ちをこめて書いた。
「それが何か?」
最後まで言うまで、何度でも聞いてやる。
「それで柄園は」
「なによ?」
「…遊んでるだろ」
「遊んでないよ」
「いや絶対…」
「さっさと言ったらどうなの!!」
昔みたいに好きだと言って、あの日みたいに追い掛けてきてよ。
追い掛けるのばっかりじゃ、疲れて止まっちゃうよ。
「別れたくない」
ピシャリと言い放つ彼。
一文字も逃すことなく、私はそれを聞き取った。
「イライラしてたのも、すぐ怒ったりしてたのも認めるよ。…だから」
言葉を選んで言う彼。
あの日とまったく変わらずに。
「突然いなくなったりとか、…するなよ」
ガタン!と勢いよく立ち上がって、私は助走を付けて彼の胸にダイブした。
「うわ!」と驚いた声を発した彼は、私を受けとめきれずにそのまま床へ崩れ落ちる。
「もっと…言って」
彼のシャツに顔を埋めてせがんだ。
こんなことめったに聞けないから。
今日は、私に優位にたたせて。
「今度から、気を付けるよ」
目頭が熱くなる。
胸がドキドキして止まらなかった。
「柄園」
彼が私の顔を覗き込む。
「ダメ!今すごくブスだから!」
「今始まったことじゃないだろ」
「し、失礼な…!!」
顔を上げた瞬間に、彼が私の口をふさぐ。
口を割って入ってくる彼のキス。
眼鏡のフレームが鼻に当たって痛いほど、彼が私に押しつけてきて。
私の内奥に侵入する、深いキス。
「や…ぐち…んッ」
腕をとられて身動きができなかった。
いや抵抗なんかする気ないけど。
室内に響く唾液の音が、やけに淫靡(いんび)で。
それに恥ずかしくて顔が熱くなった。
「もうあんなこと二度と言うな」
「…うん」
朦朧とする意識の中で、それだけ答えた。
あなたも私を不安にさせたりしないでね。
寂しくなんてさせないで。
2人で、努力していこうよ。
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