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山口 千明
勘違い(結比様キリリク)


「あなた、いつもここに男といますよね?」

夏休み真っ只中。
彼を待つ昼間。

太陽が南中に向かって、アスファルトが熱を発する時間。
そんな状況とは打って変わって、涼しい図書館のいつもの席で。



思いもよらない、男の声。



「僕の名前は麻原京一郎。ここの司書やってるんだ」
見たことのある顔だった。
眼鏡をかけていて、少し山口くんに似ていたからって言うのもあるけれど。
ここの図書館の本をいつも整頓していて、本の題名を言っただけですぐわかって場所を教えてくれる。
「突然なんだけど、僕さ…」
彼がそう言い掛けたと同時に、私の背後で山口くんのイスを引く音。
振り返って彼を見ると、白いシャツにジーパンを履いた彼が涼しげな顔をして座る。
「あ、おはよう」
明らかに不機嫌そうな顔をするので、私はすぐに彼の腹の虫の居所が悪いとわかった。
「…はょ」
「あッ、僕はじゃあ失礼するよ」
京一郎と名乗った彼がそそくさと去っていく。
仲、悪いのかな?
「…知り合い?」
「は?全然」
念のため彼に聞いたが、返事はこれ。
おまけに無愛想な返答。私、何かした…?



次の日。
またいつもの時間に家を出る。
いつもより早かったかも。

そう思いながらも、急ぎながら図書館へ向かう。
もう何回目だろう。山口くんに会えると思うだけで、軽くなる足取り。



図書館の一角。
高い本棚が並んでいるので、照明も当たらない暗い場所。
そんな一角を通ったとき、ふと聞き覚えのある声が聞こえた。
「…ねぇ、キミは彼女の恋人?」
「だったら、何?」
後者の声は…絶対山口くんだ。

その一角は医学書が置いてあることを思い出した。
そういつも彼はそこを使ってる。
いつもより30分も早いのに、もう来てるんだ…。


「いや、別に何ってことはないけど」
もう1人が、昨日の司書だということに気付いた。
おどおどとした話し方でわかる。
「あんた、何考えてんの?」
山口くんが医学書を引き出しながら、そんなことを聞く。
「何って…」
京一郎さんが口籠もった。俯いて、少しだけ紅潮する。
…私に、似ていた。
「言っとくけど、あんたが入る余地はないから」
そう言って、山口くんが歩きだす。
うわぁ、こっちに来る!!
急いで隣の棚の列に逃げ込んで、山口くんと鉢合わせにならずにすんだ。
ふと、棚越しに京一郎さんの顔が見えた。
俯いていて、少し泣きそうで。
まるで自分の生き写し。








胸が痛くなって、思わず…歩み寄ってしまった。



「…あの」
声をかけて思わずギョッとした。今にも泣きそうなくらい潤んだ瞳。
男かと思えないほど色っぽくて。
「あの、その…」
声をかけたのはいいものの、何を言ったらいいかわからない。
私までおどおどと立ち尽くす。
「どうして、うまく気持ちを言えないのかな」
泣きそうな彼がぽつりとそんなことを言った。
沈黙の中で今にも消えそうな声。
「えっと…」
「ずっと勇気が出なくて言えなかったんだけど、僕キミが…」
「あ〜しつこい!!」
背後から苛立った彼の声。
「え…」
顎を捕まれ、されるまま山口くんと唇を重ねた。
てか何時の間にいたの!?
「山口くん!?」
真っ赤になりながら口を押さえる。
ひ、人前でキスするなんて!





「…ひどいや、山口くん」
彼の瞳から今にも溢れそうな涙。
「…別に。あんたがしつこいのが悪い」
「しつこいって…」
「美乃里はオレのだ」


きっぱりと言い放つ彼を見上げた。
真っすぐと京一郎さんを見る彼の横顔。
いつ見てもかっこいい、私の好きな人。
その人が今、私を「オレのもの」って言ってくれた…。

「別に美乃里さんが誰のものでもいいよぉ!」
女々しい声を上げながら、京一郎さんがわめく。
それに私と山口くんはびっくりして。

「え…どいこと?」
山口くんが思わず聞き返す。

「僕は…ひっく、僕は僕は…」
いよいよ泣きだした彼に、山口くんは頭をかいて困った顔をする。
いや正直私も意味がわからない。

「僕は…キミが…」
嗚咽を出しながらも少しずつ言葉を吐き出す彼。
私や山口くんもじっと見る。

「僕は…あなたが好きなんです…山口くん!!!!!!!!!!!!!!!」


























「…え?」

長大な沈黙ののち、山口くんが小さく声を上げた。
見ると、思った以上に真っ青で。
私も自分の顔に血の気がないんだろうなと思った。
「ずっとあなたを見ていました!ずっとあなただけを…。懸命な瞳。照れた笑顔、甘美な声…」
「おぇ…」
耐え切れなくなって、かすかに声を漏らした山口くん。
私もちょっと…。
「あんた男だよな?」
「さ、差別する気ですか!?」
反論する彼に、山口くんが「ハハハ」と乾いた笑いを残す。
呆れた表情。

「悪いけど、オレは柄園さんと付き合ってます。ごめんなさい」
棒読みの言葉。
残酷だけど、精一杯の返答。
案の定、彼は大声で泣き叫びながらそこをあとにした。
「変な…人」
去ったあとに呟く。
「はぁ…」
山口くんが頭を押さえてため息をついた。
山口くんの潔癖な部分が、彼を受け入れられないんだろう…。



「…私がコクられると思ったんだ?」
微笑しながら彼に問う。
本棚に寄り掛かった彼は、ぐったりとしていて、「ああ」と軽く返事しただけだった。
「ふふふ」
「…なんだよ」
嬉しくなって、笑いをこらえきれなかった。
「“美乃里はオレのだ”だってさ」
「やめろよ!」
彼が私の腕をつかむ。
光が当たらないからわからないけれど、赤くなってる…んだよね?
「…ありがとう」
彼を見上げて聞こえない程度に言った。
嬉しいよ、キミの言葉。


京一郎さんは変な人だったけれど、ちゃんとわかっていたね。
懸命な瞳、照れた笑顔、甘美な声。
私、全部知ってる。


京一郎さんに会ったら、一番に言ってやろう。






“千明は私のだ”



*END*


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あきゅろす。
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