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山口 千明
好きな人の好きだった人(奈々様キリリク)A

次の日。ケータイにメールが入る。
内容は「どうして今日は図書館に来ないのか」


そう。
私は今日図書館に行かなかった。
だって、そこには今日も菜摘さんが来る。



昨日、菜摘さんに「別れて」と泣き叫ばれた。
山口くんは、もっと上の世界に住む人間なのだと言われた。

…わかってた。そのくらい。
私は山口くんの未来を摘み取るつもりじゃない。

メールの返事には「頭痛がひどかった」とウソをついた。


そして布団に潜り込んで、菜摘さんと山口くんを考えた。
美少年と美少女。天才の山口くんと、才知溢れる菜摘さん。


見事に似合っていた。



「美乃里、最近元気ないじゃん?」
夏菜とチハルが心配そうに覗いた。
うん、自分でもわかる。結構私落ちている。
みんな夏休みを迎えようとしてるから、ワクワクしてるのに私だけ負のオーラが漂っていて。
「なに?山口のせい?あのインテリ野郎、また何かした?」
そうだった。
夏菜とチハルは彼のことが嫌いなんだ。
まぁ、頭いいことを鼻にかけてる所は他人から見たら頭にくるだろうけどさ。

「山口くんの昔好きだった人が現れちゃってさ…」
ガックリと肩を落として呟く。
「…へぇ」
「それがどうしたの?」

夏菜とチハルが実につまらなさそうな顔をする。
え?
それがどうしたって…。

「美乃里ってさ〜変な所で心配性だよね」
「うんうん」

2人が勝手に話を進める。
「まぁ、好きな人に対して不信感を募らせることはよくある話だけどさ」
チハルが右手の人差し指で私の頭を突いた。
「…どいこと?」
私は頭を押さえて、キョトンとする。
「あのさ〜」
夏菜がため息を交えて話す。
「山口くんは、今誰が好きなの?」
「え?」
「あの、クールな少年は、今、誰が好きかって聞いてんの!」

その瞬間、つい1ヶ月前のことを思い出す。

そう、しとしとと降る、ジトジトとした雨の日。
あの日彼は傘も差さずに追いかけてきた。

追いかけてきて…なんて言った?
そう―――――彼は私になんて言った?




放課後、太陽が南中に差し掛かる。
いよいよ明後日は夏休み。明日終業式が終われば、楽しい夏が待ってる。
私は急いで教室を駆け出した。

あの人に、会いに行かなくちゃ。


背中ににじむ汗。
乱れる息。
それでも足を止めることはせずに、カーブに入る。
重い扉を開けば、生き返るほどの冷気。
図書館らしい静寂。

窓際の一列に並んだ机。
ちょうど北西の位置にある窓は、かすかに陽の光を受けて。


「はぁ…はぁ…」
やっぱりそこには涼しげな顔をした―――――山口くん。

「…なんでそんなに汗かいてんの?」
彼がキョトンとして私に聞く。
その顔、声からして私に悪びれた様子はない。
いや、悪いことは…彼はしていないけど。



まぁ、私もすっかり怒ることを忘れていて。

「…菜摘さんは?」
「菜摘?」
山口くんが意外な人物を発する私に驚く。
昨日もどうせここに来たんでしょ?
「…さぁ、知らないな」
山口くんがそう言って本に目線を戻してしまった。

私はそれにもめげずに彼の隣に座る。
いや、今までここに座ってきた。彼の隣は私の特等席なんだから。

走って疲れたせいだろうか、私はそのまま突っ伏した。
彼には後頭部を向けて目を閉じると、あっさりと眠りについてしまった…。












「…う…て?」
「…う、過ぎ…った…とだ…」
「…んなこと、言わないで」
徐々に明瞭に聞こえてくる話し声。
私の意識が現実に戻される。

「ねぇ、どうして西高にしたの?私、千明くんが黒澤国際に行くって言うから、頑張ったんだよ」

おとついより、ずっと意思の強い菜摘さんの声が聞こえた。
「じゃあ、俺のせいだって言いたいのか?」
そして、怒ったような口調の山口くんの声。
「だってそうでしょ?無理して千明くん目指したのに、どうして西高なんかに…ッ」
なんとなく顔を上げられなかった。
とても深刻な話…なんだろう。
私が入れるような雰囲気じゃない。
「俺のせいにすんなよ。お前はいつだってそうだった」
「でもそんな私が…好きだったんだよね?」
「……………………………………」
確かに、と山口くんが頷いた…ような沈黙。
「私ね、里中くんと付き合ってわかったの。千明くんが好きって。でも…入学式にあなたはいなかった」
胸がギュッとなった。
入学式―――――そんな彼、私知らない。
「あの日、入学式に私告白しようと思った。本当に大切なもの見つけたって…」
「言わせてもらうけどな」
彼が彼女の告白を遮る。
彼女の言葉すら、一瞬たりとも山口くんは許さない。
「お前のそんなさりげないプレッシャーが俺は大嫌いだった。お前のその重すぎる期待が、重くて重くて背負いきれなかった」
「なっ…」
「逃げるように西高に入った。それは俺の意思だ。俺は上を目指したいんじゃない。夢が叶えばそれでいい」
「…でも…、でもあなたのその夢だって、美乃里さんといることで潰れちゃうかもしれないのよ!?」
「それはない」
即答する彼。
もはや彼女は口を開かなかった。
なんともいえない複雑な雰囲気が2人を包む――――いや、私も入れて3人。


「菜摘、お前ここに来んな」
「…千明くん…」
「来たら、…柄園が心配するから」

冷静に言う山口くん。
その一言で一瞬にして心臓が鳴った。

痛いくらいにドクドクと脈を打つ心臓は、まるでドラム。
耳が真っ赤じゃないかな?
ばれてないよね?


「…好き、なんだね」
彼女が呟く。
小さな、ほんの小さな声で。
「…うん」
彼も、小さな声で返した。



ああ、夏菜とチハルの言う通りだった。
何を心配したんだろう、私。




すっかり起きるタイミングを逃した私は、そのあと1時間も寝たふりを続けた。
けれど結局そのあと…。
「え、えと、おはよう…」
「お前、なに顔赤くなって――――――!?もしや…」
「あ、あはは!……ごめん、聞いちゃった」
今度は山口くんの顔が赤くなった。



暑い夏の昼下がり。
バカなほど心配性の彼女と、天才だけど照れ屋な彼。



なんだか……お似合いだね。






*END*



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あきゅろす。
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