8 * やはり傷はまだ癒えていなかった。 しかしあのまま時間が経てば、妖力が低下していくのは目に見えていた。 あの人間を早く殺してしまおう。 この際、食したくはなかったが人間を食うしかあるまい。 そう思って戦いを挑んだのだが。 ザブンっ!と耳元で水音が上がる。 続いてたくさんの武器が燃えたまま降ってきた。 何なんだあの人間は。 本当に人間なのか? 少なくとも、私は今まであんな人間を見たことがない。 私は水をかいて水中を進んだ。 胸の傷が酷く痛む。 もうこうなったら船底に穴を空けるしかない。 あの人間と戦うだけの妖力も体力も、私には残されていなかった。 妖力さえ補えれば、あんな術に苦しむこともなかっただろうが、ないものはどうしようもない。 船底に近づく。両手に妖力を込めた。 さっき放った炎達が集まってくる。 私はその火の玉を一気に収縮させた。 しかし、それを放つ前に私の首筋に刃物があてがわれた。 妙な形をしたそれが喉に食い込む。 後ろに目をやると、仮面をかぶった人間がいた。 金色の髪が海中に広がる。 この男は、赤髪の人間の手下だ。 凄まじい殺気を感じ、私は仮面に向かって炎を放った。 * 水飛沫が上がる。 飛沫と言うよりも柱だった。 キッドは海中にいるキラーの武器に意識を集中させた。 異質な引力によって、キラーと青年が海から吊り上げられる。 青年の首にはキラーの刃が強く食い込んでいた。 しかし肌は斬れていない。 キッドは甲板にあった、荷を固定するための鎖をたくみに操り、青年を縛り上げた。 そして思い切り甲板に叩きつける。 キラーは叩きつけられる前に青年から離れていた。 ガシャンッと重い音を立てて、青年の体が床に沈んだ。 「てめぇの敗けだ。観念しな」 キッドは鎖に力を込めたまま青年に近づいた。 青年が顔をあげる。 鋭い視線に射抜かれ、キッドは笑った。 ゆらり、と青年の体から炎が上がる。 それは一気にキッドへと燃え移った。 「キッド!!」 「お頭!!」 赤すぎる炎がキッドを包み、キッドはその場に倒れ込んだ。 青年がその隙に鎖を取ろうともがく。 しかしそれをキッドは許さなかった。 燃えながらも、青年を縛る鎖から力を抜こうとはしない。 キラーがキッドのコートを取った。 それでも炎は消えない。 キッドは小さく悪態吐き、その身を海へと投げた。 「お頭が海に落ちたー!!」 「早く行けっ!」 船員達が騒ぐ中、キラーは青年へと歩み寄った。 青年は苦しそうに鎖の中でもがいていた。 キラーが鎖に触れると、まだキッドの力が消えていないのが分かった。 身動きの取れない青年の頭上に、鋭い刃を構える。 「お前には、死んでもらう」 キラーは渾身の力を込めて刃を振り下ろした。 否、振り下ろそうとした。 キラーの刃は青年の首筋ギリギリのところで止まっていた。 キラーの意思で止めたわけではない。 どうあっても動かない武器に、キラーは諦めて腕から力を抜いた。 青年はと言うと、何故殺さないのかと不思議そうにキラーを見上げている。 キョトンとした赤い目は、幼く見えた。 キッドが海から引き上げられる。 背中が酷く焼けただれていた。 身体中火傷しているようだ。 青年はもう炎を出すだけの力がないらしく、鎖に捕らわれたままキッドを睨み付けている。 「ハッ…残念、だったな‥」 「黙れ死に損ない」 満身創痍のキッドが青年を笑うと、青年は吐き捨てるように言った。 それに対してキッドは機嫌を損ねた様子もなく青年に歩み寄る。 そして青年の顎を乱暴に掴んだ。 「直ぐに‥そんな口、叩けなくしてやる」 * 赤髪の人間は金属を操る力を持っているらしく、私に絡みついた鎖はどう足掻いても取れなかった。 次第に体力の限界が近づいてきた。 目の前にいる人間の顔が霞む。 心の臓が悲鳴を上げた。 仮面は私を殺さなかったが、それはこの赤髪に直接私を殺させるためなのだろう。 「おい、手枷と足枷を持って来い」 赤髪が私の首を掴む。 そのまま持ち上げられ、私は手足を動かすことすら出来なかった。 全身から力が抜けていく。 ジャラジャラと金属の擦れ合う音がした。 そして再び床に頭を叩きつけられる。 呻き声すら出ない。 暗くなる視界の中、見えた人間の顔は笑っていた。 どうやらここで終わらせる気はないらしい。 悪趣味な…。 私は心の中で毒づいた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |