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*

青年は幾重もの鎖で雁字絡めにされていた。
睨み上げる目から戦意は消えておらず、それを見た船員達は船長の取り決めに耳を疑った。


「コイツを俺の部屋に運べ」


今さっき燃やされそうになったと言うのに、キッドは平然とそう言ってのけたのだ。


「‥後悔するぞ」
「生憎、今まで後悔なんざしたことねぇんでな」

笑うキッドに青年は歯を噛み締めた。
柔らかい唇に牙を立てる。
プツリと皮膚が破れ、血が流れた。
こうでもしないと意識を保っていられないらしい。
キッドは青年の顎をすくった。
細く流れる血を親指で拭う。
赤い瞳は焦点が合わないのが、小刻みに震えていた。


「‥ぜ、ったい、殺して、やる…」


ふ、と青年の瞳から光が消える。
そのまま青年は床に沈んだ。
キッドは気絶した青年の顔をまじまじと眺めた。
殺気の滲んだ顔ではない、むしろ幼さすら感じる。
頬の手触りはなめらかで、指の腹で何度か撫でた。
そんなキッドに、キラーが歩み寄った。


「キッド、不用心にもほどがあるんじゃないか」
「ほっとけ」
「焼き殺されかけたんだぞ」
「死んでねぇから問題ねぇ」


キラーの話を聞こうともしない。
もうキッドの中で決定してしまっているようだ。


この青年を自分のモノにすると。


キッドに命じられ、船員達が青年を運ぶ。
キッドもそれの後に続こうとしたが、流石にそれはキラーに止められた。
平気そうな顔をしていても重度の火傷を負っているのだ。
まずは火傷の手当てが最優先だろう。


「あれは俺が見張っておく」


だからお前は手当てを受けろ、と言外に言われ、今度はキッドも従った。




*



疲労を感じることも出来ないくらいに憔悴していた。
妖気が足りない。
ざわざわと血がざわめく。

あの人間の臭いがする。
私はゆっくりと目を開けた。
視界に入るのは見たこともない物ばかりだった。
南蛮の調度品なのだろうか。
床には動物の毛皮のような物が敷かれており、私はその上にいた。
身体中に巻き付けられていた鎖は外されている。
代わりに重い手枷と足枷がはめられていた。
今の力では破壊できそうもない。


「よぉ、気分はどうだ」


一人だと思っていたが、人間がいた。
臭いが充満しているせいで気がつかなかった。
私は声のした方を見た。
人間は大きな寝台のような物に座っていた。
上半身には包帯が巻かれている。
あんな小さな炎でも、中々に深い傷を負わせることが出来たらしい。
やはりコイツは人間だ。
妖怪にしては脆弱すぎる。


「貴様…私をどうする気だ」


私は全身に力を入れて、どうにか上体を起こした。
ジャラジャラと手枷が鳴る。耳障りな音だった。


「…お前、名前は何だ」
「は…?」


人間の唐突な問いに、私は眉をひそめた。
さっきから会話が成り立っていない。


「…質問に答えろ」
「お前だって答えなかっただろうが」


人間は私の言葉を軽く流し、再び「名前は何だ」と聞いてきた。
意味が分からない。
どうして私の名前を知りたがるのだ。


「貴様…私を殺すのではないのか」
「殺すわけねぇだろ、せっかく捕まえたんだ」


人間は寝台から立ち上がった。
私の方へ歩いてくる。
人間の姿が歪み、私は頭を振った。


「何故、…私の名を欲する」
「うるせぇな、いちいち理由がいるのかよ」


心臓が軋む。この人間の考えていることが分からない。
私は、恐怖を感じていた。

人間が私の前で膝をつく。
視線の高さが合った。
鋭い瞳が私を貫く。
何だ。
この人間は一体何を考えているんだ。


「ただ呼びてぇだけだ。教えろ」


片頬を上げて、笑う。
私は金縛りにあったかのように動けずにいた。

今まで誰にも名を問われたことはない。
人間にとって私は半妖で、妖怪にとっても私は半妖だ。
誰も私を私と認識することはない。


嫌だ。気分が悪い。
内側へ内側へと入ってくるこの人間の存在が忌々しい。


私は心を奮い立たせて人間を睨み返した。


「誰が、貴様なんぞに名を言うものか」


人間の意に逆らったにも関わらず、人間はどこか楽しそうな目で私を見ていた。




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