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そしてアーベルは言われた通りに、一人でクラウスの寝所を訪れた。
「やあ、わざわざすまないな」
枕に背を凭れかけながら読書に耽っていたクラウスは、アーベルの姿を見てにこやかな笑みを浮かべた。そこに、平伏したアーベルが間髪入れず口を開く。
「この度の失態、いかなる処罰をもお受けいたします」
「はぁ……本当に真面目だな」
クラウスがパタンと本を閉じる音がする。小さな変化にも、心臓が忙しなく脈打った。そんなアーベルの心中を見透かしたのか、クラウスが鼻で笑う気配がする。
「安心しろ。こんなことで除隊などさせないさ。優秀な人材を失うことは、この国にとって良いことではない」
もしや近衛騎士の任を解かれるやもと危惧していたが、クラウスの様子ではその心配はなさそうだ。想いが実らずともユリアンの側を離れ難かったアーベルは、安堵の息を吐く。
だが、目の端に入り込んだ足に、一瞬思考が止まった。
思わず顔を上げると、そこには2本の足で立つクラウスがいる。
「殿下、おみ足は……」
「ああ、嘘だよ」
けろりと言って、クラウスはその場にしゃがみ込んだ。未だに床に手をついているアーベルの顎をとらえ、ぐいっと顔を近付ける。
「……っ、殿下?」
「俺の物になれ」
一瞬何を言われているのか分からなかった。そんなアーベルを見透かして、楽しそうにクラウスは笑う。
「俺はいずれ王になる。それも、稀代の名君に。諸国が羨み、手を出さずにはおれぬような国を作る……」
ぞっとするような声音だ。歳はアーベルと変わらぬくらいなのに、人を支配してきた者の重みと力が漲っている。ギラギラと光る瞳に見据えられ、アーベルは初めて恐怖を感じた。
「お前は俺に似ている。野心に溢れているくせに、それを必死に隠して。その剣の腕を、俺のために振るわないか」
口調は問うている風だったが、アーベルに拒否権はないように思われた。それほどの威圧感。
「……お許し下さいっ」
思わずまた叩頭する。アーベルは自分の立場も忘れて願った。一時は離れる決意をしたが、やはり、自分は……。
「私は、ユリアン様の、騎士です……」
いつからか、彼の一番の望みはそれになった。普通の忠誠ではないかもしれない。だが、間違いなく、ユリアンにだけは誠実でありたい。裏切りたくない。
「……何を言っている」
だが、低く響いた声音にびくりと肩が跳ねた。それをガツンと足蹴にされて、思わず絨毯の上に尻餅をつく。見上げた先にいる笑みを浮かべたクラウスが、何故だろう、身の毛のよだつほど恐ろしい。
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