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事件

 あの日以来、アーベルはユリアンへの想いを断ち切ろうと決心した。ユリアンを守ることに邪魔になると思ったからだ。毎朝欠かさなかったユリアンへの朝の報告を執事に任せ、アーベル自身がユリアンの傍にいるのは乗馬や武芸の稽古のみ。近衛騎士として常に控えているが、それは一定の距離をとったもので、無闇に接触は持たなかった。
 その変化を、ユリアンは気付いていることだろう。だが、何も言ってこない。最初は起こしにこないことに不機嫌そうにしていたが、最近では侍女の言うことも聞いているという。
 それを聞くと、アーベルの胸に小さな嫉妬心が沸き起こる。彼はそれにまで落ち込んだ。騎士離れできていないのは、ユリアンではない。アーベルが、主離れをできていなかったのだ。
 本来のユリアンは天真爛漫で、使用人だろうが貴族だろうが、誰にでも分け隔てなく接する人間だ。アーベルだけが特別なわけではない。そのことに今更ながらに気付かされ、アーベルは自分の愚かさに胸を痛める。
 ユリアンのことが気になって仕方がない。夜も眠れない日が続き、段々と食が細くなっていった。アーベルの意識は常になく散漫になる。

 そして、事件が起きた。

「危ない!」

「……っ」

 馬屋の近くでぼうっとしてしまったアーベルは、馬の死角に入ってしまった。それに驚いた馬は、前足を振り上げ暴れた。背に乗せていた人間を振り落とし、鼻息荒く興奮している。アーベルがすぐに手綱を取ってその場は収まったが、運が悪いことにそれは第1王子の愛馬だった。

「貴様、殿下のお体に傷をつけるとはっ」

 近衛隊長のエドガーに叱責され、アーベルは深く頭を下げた。落馬したクラウスは軽い捻挫をして、自室で療養中だと言う。王族の身を守る近衛騎士が、逆に王子を危険な目に遭わせてしまうとは。

「申し訳ありません、償いは何でも致します」

「貴様が謝って済む問題か。お前をここに連れてきたのは私だ。処分ならば、私も一緒に受ける」

 そう言ったエドガーに、アーベルは益々申し訳ない気持ちになった。そこで、思わぬことを言われる。

「先程、殿下にお目通り願った。寛大な方だ。お前へのお咎めはないとのことだぞ」

「……本当ですか」

 アーベルは素直にほっと息を吐いた。だがすぐにまた、顔を歪める。

「だが、一度話がしたいそうだ。寝所に出向いてほしいと」

「それは……」

 アーベルがまず考えたのは、ユリアンのことだ。決闘の一件以来、極力クラウスには近付かぬようにと言われていた。それを寝所まで足を運んだとなれば、もうカンカン……。いやしかし、事情が事情だけに、ユリアンもいつものような我侭は言わないだろう。
 アーベルはそう逡巡したのだが、エドガーに「選ぶ権利などあるか!」と一喝され、有無を言わさず寝所に行くよう命じられる。



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