乗馬
ヒルメン王国は長く外敵の侵入を許さず、肥沃な大地と豊かな水に恵まれ資源も豊富。国力はそのまま軍備に反映され、戦は連戦連勝。他国との格の違いを見せ付け、今やヒンメルに武力で挑む国はない。平和な時代を迎えたヒンメルは、栄華を極めている。
国の宝の1つが、脈々と続く王家の血筋だ。国民は彼らを愛し、彼らもまた国を愛した。
「しー……、あそこに牡鹿がいるぞ」
ユリアンは深緑の瞳をキラキラと輝かせ、そっと息を潜めた。隣にはお供のアーベルが、同じように息を呑む。それを後ろから笑みを浮かべ見守るのは、第2王子のフェリクスだ。
平和の恩恵を余すことなく享受するように、3人は遠乗りに出かけ、鹿狩りの真っ最中だった。いや、狩りは予定に組み込まれていなかった。ただユリアンが、狐だ兎だと、あちらこちらを走り回ったのだ。最初はたくさんいた供も、完全に撒かれた状態となっている。
「殿下、引き返しませんと、こんなところでもし何かあっては」
「何があるというんだ。ここは公領だぞ」
ニヤリと笑って、ユリアンが馬の腹を蹴る。愛馬は瞬く間に鹿に近寄って、高い音が辺りに木霊する。硝煙をふっと吹き消して、ユリアンは満面の笑みを浮かべた。
「どうだ、見ろ。今日一番の獲物だぞ!」
はしゃぐ姿はまだ年相応だ。荒い鼻息を出す馬を宥め、アーベルはそっと息を吐く。その隣に来たフェリクスは楽しそうに笑った。
「ユリアンは、剣よりもそっちの方が気性に合いそうだな」
「そうですね。しかし無闇に命を奪うというのは……」
「いや、持って帰って食べれば良い。確か給仕長の誕生日が近いらしいからな」
「……適当じゃないでしょうね」
「ははははは」
笑うフェリクスが、どこまで本気なのかは分からない。結局重い獲物のところまでお供達を連れてきて、王宮には遅い凱旋となった。料理長はそれは喜んで、腕まくりをして厨房に消えたとかなんとか。その日は獣の肉のフルコースで、女王も口にされたらしい。因みに、給仕長の誕生日というのは本当だった。何故それをフェリクスが知っているのか、アーベルはまた首を傾げた。
「どうだ兄の獲物は」
「凄いね。本当に兄上が仕留めたの?」
ユリアンは先ほどから、弟に今日の武勇を聞かせるので忙しい。わざわざ寝所まで押しかて、牡鹿の角を見せびらかす。熱心に頷くのは第4王子のジュリオだ。彼の近衛騎士であるヨハンは、遠目から2人の王族を眺めて苦笑を浮かべている。さすがにこんな時間に王子の寝台には近寄れないので、アーベルと一緒に扉の前に控えていた。
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