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「お戯れが過ぎますよ」

 少し強く睨みつける。これも不敬に当たるが、アーベルもここまでされると腹が立つ。だがクラウスは、狐のような笑みを浮かべた。

「戯れではないぞ? 本気だ」

「決闘ではないのですよ」

「練習だろうが実践だろうが、本気を出すのが俺のルールなのでね」

 そしてまた、死角から薙ぎ払われる。完璧に見切り、今度は剣で受け止めた。強い衝撃が腕に伝わり、アーベルとクラウスは、至近距離で睨み合う。
 
「お前が勝ったら、望みを1つ叶えてやろう。なんでもだ」

「いりませんので、どうか剣をお戻し下さい」

「往生際が悪いぞ」

 クラウスは瞳を輝かせて剣を振るった。若い彼の剣は荒いが、伸びやかで真っ直ぐ。アーベルも力の限り相手をする。いつの間にか2人は、玉のような汗をかいていた。

「はっ!」

「……っ」

 アーベルが下から掬い上げるように、剣を振る。握力の弱くなった手から、柄がするりと抜けて、レンガの壁にガツッ! と当たった。降参だとクラウスが手を上げたので、アーベルもやっと体から力を抜く。体を慣らすだけのつもりが、酷く体力を消耗してしまった。だが、久しぶりに強敵を相手にして、アーベルは心地よい高揚感を覚えた。
 そんなアーベルを見つめ、クラウスはやはり口の両端を上げた。

「さすが、我が弟の騎士は勇ましいな。約束だ、何か望みを言え」

 第1王子がこうおっしゃるのだ。本当に、何でも叶えて貰えそうだったが、一番の望みは口にするのも憚られるため、アーベルはにこやかに笑ってみせた。

「口での約束は、信用しないようにしていますので」

「なんだと? 憎たらしい奴だ」

 クラウスは失礼にも怒るどころか、逆に腹を抱えてみせた。本当にここの王族は、誰も彼もが変わっている、とアーベルは苦笑する。
 良い運動の後の飯は美味い。水浴で埃と汗を洗い流した後、食堂で肉をたらふく食べた。そうして、午後の帝王学の授業に行く前に思い出す。そうだ、ユリアンの乗馬を見てやると、約束していたのだ。
 急いで部屋に行けば、案の定王子は不機嫌も露わにアーベルをなじった。常日頃から時間に煩かったアーベルだけに、大きな体を小さくして許しを請う。いつになく殊勝な彼に、ユリアンの溜飲がほんの少し下がったのだが。

「兄上と、己をかけて勝負したというのか、貴様!」

 約束を忘れた原因を素直に言えば、また烈火の如き怒りが降り注ぐ。

「馬鹿、アホ! この裏切り者!」

「で、殿下、落ち着いて下さい……」

「うるさい、お前は私の騎士だろうが!」

 未だ子どものような主にほとほと困ることもあるのだが、こうして自分に甘えてくれることにアーベルは内心で、こっそり喜んでしまうのだ。そんな時でも、彼の顔は無表情を保っていたが。

「私の主はユリアン様だけです。クラウス様にもきちんと申し上げました」

「なんだと? 馬鹿、王族に逆らうなど、お前の身などすぐに獄中だぞ」

 だが、忠誠の言葉を一蹴され、アーベルはかしずいた姿勢のままがくりと肩を落とす。ユリアンが何を考えているのか全く分からない。

「……権力に無頓着なのはお前の美点であり欠点だ」

 けれど、伸びてきた手に顎を持ち上げられ、アーベルは目を見開いた。目の前では、ユリアンの瞳が優しく輝いている。

「お前は私の名を借りて喧嘩をするのだ。それがお前の盾となり剣となるだろう。どうだ、頼もしいだろう?」


 笑みを浮かべる彼は光り輝いていて、凛と響いた声はアーベルの頭をジンと痺れさせる。
 天井画の天使は、いつの間にか生気漲る王子として気高く成長していた。
 自分の頬が朱に染まるのを感じながら、アーベルはまた顔を俯かせた。もし願いが叶うなら、ずっとこの人の人生に寄り添っていきたい。そう思って。



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