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澄んだアンバー色の瞳を見返して、アーベルはまた溜息を吐いた。最近回数が多い。ヨハンは心外だと、口を尖らせる。
「人の顔を見てなんだその顔は。己の造作が良いのを自覚済みか?」
「勘違いだぞ。俺はお前が羨ましくて」
「なんだ皮肉か!」
ヨハンはそばかすの浮く頬をにぃっと歪めた。アーベルより年上なのに、たまにこうした子どもっぽい顔をする。
「それも羨ましい」
ポツリと呟いて、アーベルは稽古のため訓練所の奥に歩いていく。残されたヨハンは首を傾げるばかりだった。
ヨハンが言うように、アーベルの容姿は悪くない。彫りが深く高い鼻梁は彫刻作品のようだし、少し厚い唇は色気があると侍女に人気だ。騎士の制服を着こなす鍛え抜かれた体躯、ハリのある褐色の肌は、彼の男らしさを引き立たせる。
そして何より、彼の魅力はその色にあった。肩まで伸びた黒髪はこの国では珍しく、人から見惚れられることも多い。切れ長の双眸は夜の闇そのもので、理知的な光を宿していた。
だが、アーベルはこの色が好きではなかった。王族のほとんどは金髪で、肌は白く、虹彩は鮮やか。にこりと笑えば、女神か天使か。ヨハンにしても、色素の薄い髪や目を持っている。美しいものだな、とアーベルは思った。
生まれて来る時、顔貌は選べない。家柄も同じだ。そんなことを言おうものなら、男爵の何が不満だと、またヨハンになじられそうだが。
自分では選べないものに限って、大切なものが多い。人は運命を背負い生まれてくるが、大体にして道筋は決まってしまっている。
「どうした、アーベル」
「え……」
気が付けば、目の前に絵に描いたような王子がいた。母親譲りの金髪と緑の瞳が主を思い起こさせて、またアーベルの心臓を締め付ける。
「クラウス、殿下……」
「ぼうっとして。そんなことで怪我でもしたらどうするんだ」
くすくす笑ってアーベルの顔を覗き込む彼は、この国の第1王子だ。ここは王宮の敷地内にあるとはいえ、埃や汗にまみれたみすぼらしい部屋。本来王族の入って良い場所ではない。他に誰もいないのを良いことに、こっそり忍びこんだのだろう。
慌てて礼をとれば、要らぬと軽くあしらわれる。やはり兄弟だな、とアーベルは渋々その場に立った。
クラウスはアーベル達が着るような麻の運動着に、牛革のブーツを履いていた。どうされたのかと思えば、刃を潰した練習用の剣を渡される。
「軽い運動だ。付き合え」
「めっそうもない……」
王族と刃を交えるなど、即刻自分の首が飛ぶ。勘弁して欲しいと、アーベルは首を横に振る。だがクラウスは、命令だと押し切って、自分の剣をピタリとアーベルの心臓に向けた。
「俺が勝ったら、そうだな。俺の直属にでもなるか」
「ご冗談を」
それこそ再び自分の首が危うくなる。ユリアンに怒鳴られ、近衛隊長に拳骨を頂くことになるだろう。
「ならば、勝つしかないな」
言うやいなや、クラウスの剣が閃いた。咄嗟に避けたアーベルだが、パラリと数本髪が散る。
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