10
ユリアンの我が儘をアーベルは眉間に皺を寄せながら聞いてくれる。もちろん政務に関しては厳しいが、2人の間だけのことになるとアーベルはほぼ願いを聞いてくれる。
この長い髪もそうだ。
皺になったシーツに手をつくと、指の先にアーベルの黒髪が当たる。強くしなやかで、太陽の下では光を反射し美しく輝く黒。サラサラとした触り心地もお気に入りだ。すぐに髪を切りたがるアーベルに、ユリアンは長く伸ばすよう命じた。おかげて今は、アーベルの肩甲骨にまで届くようになった。
「アーベル……」
肩を撫でると、黒い瞳がこちらを向いた。ユリアンはすっきりとした顔に、満面の笑みを浮かべる。
「もう一度やるか?」
「貴方って人は……!」
ボスンと枕で頭を叩かれても、全く痛くない。体を捻ったアーベルの方が、鈍痛に呻く始末だ。
「もう少し、加減はできなかったのですか。これでは警護に支障が出ます」
今更ぶつぶつ文句を言う。ユリアンとて、ここまでするつもりはないのだ。優しく、ちょっとだけ、いつも言い聞かせている。
「最初は覚えているんだが、ストンと抜け落ちてしまうのだから仕方がない」
「なんと物覚えの悪い……」
アーベルは苦虫を噛み潰したような顔をして、手で顔を覆う。さっきまではあんなに素直だったのに、平時では憎まれ口ばかり。だから苛めたくなるのだと、ユリアンは心の中で舌を出す。
と、アーベルの視線に気付いて、慌ててそれを引っ込めた。心を読まれたのかと思ったが、そうではないらしい。アーベルはユリアンに手を伸ばし、その金髪を愛しげに撫でた。珍しいことだと、ユリアンはドキリと心を揺らし、アーベルを見返す。
情交の余韻などすぐに払拭し、精悍な面差しが誠実な騎士のものになる。
「殿下は、アーベルが必ずお護り致します」
「ん? ああ……」
何を今更と思ったが、アーベルの気持ちが嬉しくて、ユリアンはにこりと笑い返した。
「熱烈だな。お前ほど仕事熱心な騎士もそうはいまい。何せ、褥まで共にし、私を護ってくれるんだからな」
「…………」
アーベルの手が引っ込んでいく。黒い瞳がどんどん鋭く尖っていき、彼の苛立ちを物語っていた。
ユリアンは意地悪く笑って「冗談だ」と言うと、アーベルに肩を貸して、浴室まで連れ出した。体を清めてやるのは、最低限の礼儀である。アーベルにとってはこれも辱めの何物でもないのだろうが。
「どこを触っておられる……」
「だから、もう一度」
「……!」
若さは止まる所を知らない。湯を溜めた浴槽の中で不穏な動きをし始めた手に、アーベルは顔を強張らせた。
「痴れ者がいつ現れるか分からんだろう? 風呂も共にせんでどうする。私を護ると、お前が言ったのだから」
「なんと言うことを……」
アーベルがガクリと肩を落としたのは言うまでも無い。
そして程なく、浴室からは激しい水音と、艶っぽい悲鳴が絶えず漏れ出てくることになる。結局朝になるまで、ユリアンはその体を離さなかった。
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