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 時は流れ、お世話係りという名の王子の遊び相手になってから、アーベルは忙しい毎日を過ごした。騎士の修業と合わせて、王子の気まぐれに付き合うのだ。利発で天真爛漫を絵に描いたような王子には、色々と苦労させられた。それは、正規の騎士になった今でも変わらない。

「殿下、朝ですよ」

 今日もアーベルは王子の部屋に乗り込んで、その体を無遠慮に揺する。こんなことが許されるのはアーベルか、城に仕えて長い侍女頭くらいだろう。
 白い枕と赤い毛布に包まって、金色の絹糸が僅かに見えるほど。毛布が規則正しく上下して、健やかな寝息が聞こえてくる。王子は未だ夢の世界にいるようだ。

「今朝は乗馬の稽古でしょう。またフェリクス様に馬鹿にされても良いのですか。今度の遠乗りにお供するのでしょう」

 呆れたように呟いて、今度は大窓のカーテンを開ける。重い布から零れ出た朝陽が、ヒンヤリとした空気を照らし出した。

「殿下……ユリアン様」

 また1つ溜息を吐く。すると、僅かだが毛布がもぞもぞと動き出した。

「うう……眩しいぞ、アーベル」

「もうお食事の支度ができております。厨房にも迷惑ですから、早くお着替えを」

「お前は真面目過ぎる」

「それが取り柄でございます」

「まだ若いのに、それで楽しいのか?」

「殿下、私の歳をご存知で……?」

 「24だろう」とケロリと言ったユリアンに、アーベルはまた嘆息した。無駄話をしている暇はない。戸口に立っていた侍女を呼び寄せ、王子の着替えを手伝わせながら、今日の予定を確認していく。こんなことは侍女か執事の仕事だが、寝起きで不機嫌なユリアンは、アーベルがいないと余計に虫の居所が悪くなるのだ。
 寝癖を綺麗に梳かれたユリアンを爪先から頭のてっぺんまで見回して、アーベルはうんと頷いた。

「それでは、乗馬の際には戻りますので」

「うん。頑張ってこいよ」

 胸に手を当て片膝をつき、主への礼をつくしてから、アーベルは恭しく退室した。出会った頃は仕事の少ない見習いであった彼も、今や正規の近衛騎士だ。第3王子の直属にして、若手では一番腕がたつ。

「おはよう。今日も3の王子はぐずったのかい?」

 王宮に併設された訓練所で、アーベルを見つけた同僚が親しげに話しかけてきた。彼は第4王子直属の騎士で、名前はヨハンといった。アーベルと似た境遇で、何かと気にかけてもらっている。だが、今の言い草には思わず眉根が寄った。

「誰かに聞き咎められたらどうする。不敬だぞ」

「はは、当の本人は全く気にしないだろうがな」

 栗色の癖毛を掻きながら、快活に笑ってみせる。南方特有の陽気さと気さくさは彼の美点だが、それがアーベルの頭痛の種になることもしばしばだ。


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あきゅろす。
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