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蒲公英
嵐の前触れ

「高崎さん」
「はい?」

ちなみに高崎ってのは俺の名字だ。この会社の人間の大半はお互いを名字で呼び合う。俺や春や智が名前で呼び合う理由は二つ、名字で呼ぶのが嫌いなのとそれなりに仲が良いからだ。

…と、話しを戻そう。たった今、俺に話しかけてきたのは見たこと(はあるかもしれないが覚えてない)も話したこともない女の子だった。断言しよう、俺との接点なんてない。

「私、隣の部署の佐藤楓(さとうかえで)といいます」
「ど、どうも」

見るからに強引そうな感じ。話し方もきついし。正直、この手のタイプは苦手だ。

「さっき、エレベーターで手帳落としませんでしたか?」
「え、手帳?…あ、ねぇわ。すみません、落としたみたいです」
「よかった。困ってるんじゃないかと思って」
「ありがとうございます。助かりました」

何故彼女がここにいるのかやっと分かった。手帳を落とすなんて俺も馬鹿だな。それも女の子に届けさせるなんて。

「じゃあ、私はこれで」
「あぁ、じゃあまた」

去っていく彼女を見送ると両脇から突かれた。春は隣だから分かるけど、なんで立ってまで智は来るんだ。お前は俺の正面じゃねぇか。

「おいおい今の何よ」
「お前馬鹿だな」
「なんともねぇし馬鹿じゃねぇ。そうか春は殴られたいのか」
「殴りたきゃ殴れば」
「おい智、友達を売るな」
「じゃあ遠慮なく…とみせかけて」

拳を振り上げたまま体の向きを変えて智を殴った。

「なんで俺?」
「なんかムカついた」
「はっ、ざまぁみろ。俺を売ったりするからだ」

まだグチグチと煩い智に蹴りを入れて、また仕事を再開した。だが一向に進まない。何がこんなに気になるんだ。

「蓮」
「あ?」
「あの子と付き合うことになりましたーとかやめろよな」
「ねぇだろ」
「だよなー」


この時はまだ知らなかった。このたった数分の交わりのせいでとてつもない嵐に巻き込まれることになることを。



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