蒲公英 当たり前の日常 時間の流れというのは残酷だ、と俺は思う。 「おぅ、おはよう蓮(れん)」 「ん…おはよー」 もうすぐ三十路になる。高校を卒業してからもう十年も経つ。この会社に勤めはじめて、早十年。早いもんだ。 「朝っぱらからしけた面してんなぁ、お前」 「眠いんだよ。俺はお前と違って疲れが溜まりやすいの」 自分のデスクに鞄を置きながら、隣にいる春(はる)をこついだ。こいつとは入社以来の付き合いで、一番の親友でもある。 「なぁに繊細ぶってんだよ。隣でもの凄いいびきかかれても平気で寝てるくせに」 「いびきかいてんのはお前だろうが。それに、いきなり家にくんなっていっつも言ってるだろ」 「仕方ねぇじゃん。終電逃したんだから」 俺は会社の近くのアパートに一人暮らしで、春は二駅分離れた所に住んでいる。本人曰く、近くに越して来ないのは手続きが面倒だとか。そのくせ、飲み会好きでよく家に転がりこんでくる。まったくいい迷惑だ。 「野郎の家に泊まるなんて惨めだねぇ、春は」 「お前だって彼女いないだろ、どっちもどっちじゃん」 「それ言うなよ。惨めになる」 「まぁ惨めな男同士、仲良くしようぜ」 正直言うと俺は今まで本気で人を好きになったことがない。周りが青春まっさかりの時も、どこか冷めていた。付き合ってと言われれば付き合ったし、やることはやってるけど、いつもどこかで冷めている自分がいた。社会人ともなれば、自分から出会いの場に出向く必要があるけど、その気にもなれない。このまま独身でもいいかな、とも思う。 「そこの惨めな二人組、早く仕事やれよ」 「お前が言うな」 「ていうかお前もやれよ」 俺の親友二人目の智(とも)は春に負けず劣らずのうざさだ。悪い奴ではないんだけど、なんだかむかつく奴だ。 「何よその言い方!!智君泣いちゃうから」 「あー、うぜえよお前」 「お前に比べたら春はましだな」 「ねぇ、俺の扱いひどくねぇ?もっと優しくしろよ、友達だろ」 「俺らがいつお前と友達になるって言ったんだよ」 笑いながら頭を叩けば、智も笑いながらやり返してくる。春と智のやり取りに笑いながら、時折つっこむのが俺のポジション。まるで漫才でもやってるみたいだ。馬鹿らしいとは思いつつも、一日一日が楽しい。 こうして俺の日常は過ぎて行く。 [次へ#] [戻る] |