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15000Hit 華影小噺・壱【桜】
「土方さん。俺ら、桜が見たい」



『華影小噺・壱【桜】』


神撰組として西都に赴いた年の初めての冬だった。

そんなある日。
たまたま奏と直が2人でよく居る縁側を歳光が通りかかった時、彼に「桜が見たい」と、ぽつりと告げのだ。
もちろん今は真冬で、春近くでもなければ桜を含むどんな花も咲かない。
それでも2人は珍しく、ただ、桜が見たいと言って聞かなかった。

「……桜?そんなもん、春になりゃ嫌でも見れるだろ。」
煙管をふかし、意味が分からないとでもいうように、2人の頭上から返事をした。

「…違うんです。その……東都の桜が見たいんです。」
奏が言いにくそうに口を開き、歳光の方に首を傾ける。

「…東都?」

歳光の質問に直が頷いた。

「急に見たくなったっつーか…。な、奏。」

無言で奏も頷く。

「あー…。生憎だが、今が春なら良かったな。俺は近藤さんの頼みで明後日東都に行くことになっている」

その言葉に2人が落ち込むのが分かった。

「まぁ…幹ぐらいは見てきてやるよ。」
そう言って、優しく奏と直の頭を撫でる。
歳光なりの精一杯の気遣いに、2人は顔を見合わせて微笑んだ。



◆◆◆

「東都の桜?」

歳光が斎に東都へ行く前の最後の確認をし終わった後、荷造りをしていた歳光は側にいた斎に昨日の奏と直の話をしていた。

「ああ、奏と直が見たいって言ったんだ。」

「ああ、あの2人はこっちにくる前に、千夜桜に花断ちをしに行っていてな」

「花断ち?」

落ちてくる花びらを一寸狂わず断ち切る事を花断ちという。
花断ちをするには、優れた動態視力、確かな剣の腕、そしてかなりの集中力を要する。


「花見をするにしては、刀を持っていているし、永倉君と原田君に後を付いていってもらったらやっぱり花断ちをしていたらしい。」


何故2人がそんな事をする必要があったのだろうか。
そして何故今になってその桜が見たいと言い出したのか。

多くの疑問を抱えたまま、歳光は東都へと旅立った。


◆◆◆


歳光が東都から帰ってくる日、西都は雪が降っていた。

「直さん!直さん!雪うさぎ!」

積もる雪をかき集め、冷える事も構わずに奏が雪うさぎを作っている。

「…うわ…お前風邪ひくぞ?ほら、すっげー手冷えてる…」
奏の手をとり、直は自分の手の温度で温める。

「あ。温かい〜。」
「オレ寒い…。つかお前何個雪うさぎ作ってるわけ?」

縁側に並んだたくさんの雪うさぎ。
指摘された奏は嬉しそうに微笑んだ。

「右から大きいのが近藤さん、目つき悪いうさぎが土方さん。その隣の優しそうなのが山南さんで、布を巻いたのが永倉さん、お腹に傷があるのが原田さん。目が赤のが直さんに、一番小さいのが私。」

「……土方うさぎだけ顔が極悪人だな…」

もはやうさぎじゃねぇよ、と直が呟いたのがおかしくて奏はくすくす笑い続けていた。

「…誰が極悪人だって…?」
「っうわ!土方さんっ!」

いきなり縁側の陰から現れた歳光に驚いた直はそのまま地面に尻餅をついた。

「冷たっ!」
「自業自得だ馬鹿。」

転んだ直に奏が手を貸し起こす。

「お帰りなさい土方さん。今着いたんですか?」

「ああ、ついさっきな。」

外に出ていた奏と直は自分に付いていた雪を落とし、家の中に戻る。

「それで〜…オレらへのお土産は!?」

期待に目を輝かせ、歳光に2人は迫る。

「待て待て、今やるから」

落ち着け、と言ってから、歳光は置いてあった荷物の中から、布に包まれた何かを取り出した。

「開けてみろ」

そう言われ、奏と直は首を傾げながら渡されたものをゆっくり開く。

「……苗木?」

紙の中には小さなまだ若い苗木が入っていた。

「ああ。正しくは……千夜桜の苗木だ」

その言葉に2人は驚いた顔をする。

「お前らが見たいって言ったのはこの苗木に咲く桜だろ?」


斎からの要件を済ませた後、千夜桜のある場所に歳光は出かけたのだ。

寒々しい空気の中でも凛と立つその姿からなんとも言えない凄さが伝わった。

きっとあの時千夜桜に感じたものを「惹かれる」という感情なのだと歳光は今思う。

そして歳光は千夜桜の近くに住んでいた植木職人に無理を言って小さな苗木を譲り受けてきたのだ。
遠い未来、立派な木となる苗木――



「それをこの庭に埋めれば、何年後にかは花が咲く。東都の桜が、お前たちの目の前で。」

この縁側で、桜が見たいと言った2人のお気に入りの場所に。

「…それと、聞きたい事がある。なんで…千夜桜が見たかったんだ?」

歳光の質問にぎゅっと枝を抱きしめた奏が真っ直ぐ前を見据える。

「もう一度。もう一度覚悟をしようと思って。」

「…覚悟?」

「オレたち…西都に行くって決まってからずっと迷ってたんだ…。尊敬してる近藤さん達の役に立ちたかったし、すごい嬉しかった。でも…」

その先を躊躇うように直は口を噤んだ。


「……足手まといになるのが嫌でした。」


直の変わりに奏が答える。

「だから、直さんと2人で花見ついでに千夜桜で稽古をしていたんです。……西都に行く前日、やっと私達はそこで覚悟しました。」

歳光は黙って2人の言葉を聞いていた。

「この桜のように、凛と美しく、迷わず生きようって」

そう、あの桜が教えてくれたのだと。


「オレら知ってるんですよ?近藤さん達が今、新しい道に向かおうとしてるって」


そう。
斎と歳光はここ最近忙しかった。
事実、この神撰組は新しい組として生まれ変わり、この西都を守る役目を背負おうとしている。

「私達には内緒にしてたつもりでしょうけど…バレバレです。」

そう苦笑いしながら奏は言った。

「そうそう。近藤さんなんてすぐ顔に出るし。」

はあ、と歳光が頭を抱える。
あの人に秘密は無理だ。
まっすぐすぎて顔にでる。
(それはもう時たまウザいくらいに)


「いつまでも私は土方さん達に付いていきます。この枝を見て、改めて決心できました」

オレも、と直が手をあげる。

「お前ら…。」

その時の2人の顔は、凛々しく、美しかった。
そう歳光は思う。


「…さて!せっかく土方さんが苗木を持って帰ってきてくれたんだし、植えましょうか!」

そう言って奏は再び下駄を履いて外に出る。


「えー…寒ィよ…」
渋るようにその場に座り込んだ直に、歳光の冷たい視線と声色が向けられる。

「あぁ?テメェ俺がわざわざ持って帰ってきてやったのにどういうことだ!」

「そ、そういうわけじゃないです…」

逃げるようにじわりと歳光から遠ざかろうとする直を見過ごさずに、がばっと足で彼の着物を踏んだ。

「仕置きだ」

楽しそうに笑う歳光に直は小さく悲鳴をあげ、必死でもがく。

「許して!許してくーだーさーいー!」

「30秒前の自分の言葉に後悔しろ」

「えーー!」


◆◆◆

そんな2人をよそに奏はせっせと苗木を冷たい土の中に植える。

手など冷えても構わない。
汚れても構わない。

「…大きくなるといいですね。」

子供をあやすように優しく苗木をなでると、その手に真っ白な雪の結晶が落ちた。


「……白雪に、桜花や色う、何時の春……」


(この白い雪に桜の花のような色が染まるのは何年後の春だろう)


今度は此処で。


大好きな人達と見る、私達の桜。




【終幕】


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