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無双(+創作)・SS




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慶長五年、九月小旬。
小山から美濃へ向かう道中、加藤清正、嘉明、福島正則らは三河にて夜を越していた。
丁重に迎えられた客間で、何かと連むことの多い昔馴染みの三人は酒など交わしつつ語らっていた。

「もうじきあの三成めを討てると思うと嬉しゅうてならんわ」
清正は豪快に笑って、ぐいっと杯の酒を呑み干す。正則も酒を呑みながら「全く全く」と笑った。
「あやつだけでは何も出来ゃせん。どうせ陣の奥で縮こまっとるだけじゃ」
「震える姿が目に浮かぶのう」
この三人の文官派嫌いは筋金入りである。
秀吉が逝去してからは、更に両者の溝は深まり、彼らが中心となって三成憎しの大名が彼の屋敷を襲撃するまでになっていた。
この溝を上手く利用した家康は、この秀吉武官派の大名達を徳川方につけることに成功していた。

「じゃが…わしらは秀吉様の御遺志に反しとらんか」
まだ少しの不安が残る正則がぽつりと呟く。それを聞いた嘉明は、杯をどん、と置き、首を横に振った。
「何を言うか市松!家康殿は豊臣家の安泰を願って下さっとる!三成めは秀頼様を裏で操り豊臣の世を乗っ取ろうとしちょるんじゃからな」
空になった正則の杯にたっぷりと酒を注ぎながら諭す嘉明に、清正は深く頷きながら空の杯を差し出す。
「そうじゃ。三成なんぞに秀吉様の世をくれてたまるか」
嘉明に注がれた酒を再び一気に飲み干す。いい飲みっぷりの清正に嘉明は膝を叩いて喜び、飲め飲めと再び酒を注ぐ。
正則はちびりと杯に口を付け、またぼそぼそとぼやき始める。

「おねね様…怒っとるかのう」

正則の言葉に、二人の動きがぴたりと止まる。
そしてゆっくり顔だけを正則に向けたと思うと、嘉明が正則の頭をがしりとわし掴んだ。
「市松ぅ〜…、それは言わん約束じゃろうがぁ〜…!」
「いでで、いてえよ六っ!」
腹から響くような低い声で言いながら、両の拳で正則のこめかみをぐりぐりと締め付ける。
正則はあまりの痛みにばたばたと暴れて声を上げた。そんな二人のやりとりを見ながらも、清正は深く考え込んでいた。
「どうした、虎」
そんな清正を見た嘉明は、手を放し再びどっかりと胡座をかいて尋ねる。清正は、うむ、と一つ頷いてゆっくりと口を開いた。
「…おねね様の事じゃが、どうもおかしいと思うてな」
「何がおかしいんじゃい」
清正の言葉に首を傾げる嘉明を押しのけて、正則が尋ねた。むっとする嘉明に少々呆れながらも話を続ける。
「寺に御移り召されてから、おねね様はとんと姿を現さぬ。普段のおねね様ならばこの事態、黙っている筈がなかろう」
嘉明も正則も、清正の話に「そう言われれば」と口を揃えた。
些細な小競り合いでさえ、何処から聞きつけたのか、風の如く飛んできてはお説教をされた覚えが三人には何度もあった。
「…いやしかし、いくらお強いおねね様とて秀吉様が亡くなられて御心痛極まりないのであろう」
俺にも会うてくれんかった、と正則は寂しげに言った。嘉明も清正も、寺を数度見舞ったが、ねねに会うことは叶わなかったのだ。
「よほどの御心痛か、もしくは…」
「怒って顔も見とうない、か…」
嘉明、正則が顔を合わせ、ぽつりぽつりと呟いた。
母親同然に育ててくれたねねと会えないというのはやはり寂しいものであるが、今の己達に会った所でおそらくきついお説教が待っていると考えると何とも微妙な心持ちになり、二人はぐったりと頭を垂れた。
「じゃが…これも三成を討てば済む事じゃ!さあ飲め市松!」
「そうじゃ六!戦に勝ちた後に皆でおねね様に会いに行けばええんじゃ!」
深く考えない二人は再び笑い声を上げながら杯を酌み交わし始めた。清正もそれに乗るが、脳裏にはまだ少し曇りを残していた。
「(しかしあのおねね様のことじゃ…何も起こらねばよいが)」
「何じゃあ虎!酒の席でまだ頭使っとるんか」
そう考えた所で肩をがしりと掴まれ、強い力で引き寄せられる。
正則も同じく嘉明の向かいに座って清正と肩を組み、嘉明にちょっかいを出す。
「そう言う六はちっとも使っとらんじゃろうが」
「阿呆のお前に言われとうないわ市松!」
「なんじゃとう!」
「…お前ら耳元でぎゃあぎゃあと、やかましいわ!!」
清正を挟んで口喧嘩を始めた二人の頭を掴み、額をごちんとぶつけ合わせた。
鈍い音を立てた衝撃に、ぐわんぐわんと目を回したらしい二人の間で、清正はぐいっと酒を呷った。




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