京七小説
揺れる
こんな風に、自分でどうしたらいいのかわからないもやもやした経験があまりないので、
七緒は揺れ動く自分の心を持て余していた。
自分がどうしたいのか、まるでわからない。
一つには処女として、今まで体験したことのない行為への本能的な恐怖がある。
でも、それ以上に、一線を越えてしまった時に、一人の女として京楽春水に向かい合うことになったら
どうふるまうべきか、わからなかった。
「七緒ちゃん。可愛いね」
「七緒ちゃん。好きだよ」
「七緒ちゃん。らぶりい」
今まではその言葉に甘えていた。仕事の合間にささやかれるセリフを受け流すのが楽しかった。
でも、ここからは違う。
七緒は、時々花街から隊長に届く、香をたきしめた女文字の手紙を思い出した。
金銀刺繍の豪奢な衣装をまとった太夫たちと白粉に酒。恋愛沙汰などお遊びにしてしまう。華やかな世界がそこにある。
京楽は、その世界になじんだ人なのだ。
それに京楽家次男に持ち込まれたというお見合いの話も耳に入っていた。
相手はいずれも京楽家に引けを取らない良家の令嬢たちで、中にはずいぶん熱心に勧められたものもあったと聞く。
多分手塩にかけて育てられた箱入り娘だろう。おっとりして清楚で気立てが良くて、京楽に無理やり仕事をさせることなんか考えもしない女性。
そのうえ彼女たちは広壮な屋敷に財産や権力を彼にもたらすことができる。
京楽が望みさえすれば、令嬢だろうが遊女だろうが思いのままに手に入れられる。
大輪の薔薇でも牡丹でも手折れるというのに、わざわざ野菜の花を選んで摘み取るようなまねをするだろうか。
仮にそうしたとして、それにいつまで魅力を感じてくれるだろうか。
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