[携帯モード] [URL送信]

京七小説

七緒はうっとりと目を覚ましました。
こんなに気持ちよく眠れたのは、久しぶりです。
そう、あの儀式の日いらい初めてといっていいかもしれません。目覚める夢うつつの時に見てしまう悪い夢も今日はみません。

もう少し眠りたいな、と寝返りを打った七緒は、自分に掛けられた見知らぬ衣に気がつきました。桃色のどうやら女物らしい着物です。

「おや、目が覚めた」

ところが近くに座っていたのは男でした。見知らぬ男は書見台の本を無造作にたたむと、七緒に微笑みかけてきました。不精髭にゆるい着付けの着物というだらしない格好のなのに、なぜか上品な雰囲気です。

七緒はあわてて起き上がると髪を撫でつけ着物を直しました。状況からすると、この見知らぬ男の目の前で眠りこけていたようです。自分のしでかした無作法に顔が真っ赤になりました。

「大丈夫です。突然おじゃましてすみません」

「いいや。可愛い女の子とお近づきになれてうれしいよ」

「えっと、ここは」

「もうちょっと眠っていきなよ。このへんが、あんまりにもひどいよ」

男の人は、七緒の顔を覗き込むようにして、このへん、と言いながら、七緒の眼の周りをぐるりと指さしました。七緒はとっさに顔をかくしながらも、きょろきょろあたりを見回しました。

築山と庭の終わりの眺めのいい場所。そこにいつのまにか緋毛氈がしかれ、ベンガラの大きな傘が差しかけられています。
七緒は、ここが図書館の庭であることを思い出しました。

いけない。リサさんはきっと怒っているに違いない。
七緒は恐る恐る頼みました。

「あのっ。ここで私に会ったことは誰にも言わないでください。寄り道してもいけないし、誰とも口をきいてはいけないのです。約束を破ると図書館に来られなくなっちゃうんです。お願いします」
「わかった。言わないよ」

神官以外の男の人と親しく話したことはありません。でも、その大きな体のそばにいるとなぜか安心できます。
急いで戻らないといけないのに、なんだか去りがたくて、七緒はゆっくり立ち上がりました。その気持を見透かしたように、男の人は言いました。

「またおいで。僕のお気に入りの場所なんだ」

 絶対に、二度と来ないんだから。七緒は、なぜかかたくなにそう決めました。
去り際、ふと振り返ると、その人はまだ笑顔で七緒を見送っていました。


[*前へ][次へ#]

5/16ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!