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京七小説

その時、馬車が一台、こちらに向かって来るのが見えました。
明らかに朽木邸に向かっているのを見てとった七緒は、道に走り出ると、肩にかけていたショールを振りました。
「すみません。とまってください」
馬車は七緒の目の前で急停止しました。
「何をするんだ。ごらあ」
御者が甲高い声で鼠のようにきいきいののしるのもかまわず、七緒は馬車の乗客のもとに走り寄りました。
かぼちゃのようにごつごつした凝ったつくりの馬車です。
中にいる人は先ほどの急停車で転げ落ちたらしく、
「いたたた。なんだい。急にどうしたんだ」
と不機嫌そうに文句を言う声が聞こえます。

気後れしながらも、七緒は必死で中の人に話しかけました。
「お尋ねします。朽木邸の舞踏会に招かれた方でしょうか」
「……そうだけど」
「お願いがあります。玄関まで私たちを乗せて行ってくださいませんでしょうか」
七緒の命知らずの行動に、呆然としていた緋真があわてて止めました。
「七緒ちゃん、見ず知らずの人に、そんな」
中の人は怒っているのでしょうか。何の返事もありません。

七緒は必死で訴えました。
ここにいるのは、白哉の婚約者であること。
白哉は今夜の舞踏会という場を借りて緋真との婚約を発表しようとしていること。
しかし、家族の方の反対にあい、馬車に乗ってこなかったことを理由に入口で追い返されてしまったこと。

中からは、やはり何の返事もありませんでした。
もうだめかと七緒が諦めかけたとき、
ごとんと音がして扉があき、見上げるように長身の男が馬車から下りたちました。
シルクハットにイブニングコートをまとい、ステッキを持ったその姿は、まるでおとぎ話の中の魔法使いの様。
「僕は京楽春水。始めまして」
そう名乗った男は、自ら馬車の扉を大きくひらくと、
ダンスをするかのように優雅なしぐさで手を差し伸べました。
「事情はわかりました。では、勇敢な姫君たちを僕の馬車でお送りいたしましょう」

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