[携帯モード] [URL送信]

京七小説
4 道場
「おい。その言い方はないだろう」
京楽が低い声で抗議したが、もう出来上がっているらしい大前田は、えへらえへらと笑っている。
「本当のことだろう」
京楽は、心の中で舌打ちした。おそらくこれを言いたいばかりに、金にあかせて人を呼びつけ、宴を開いたのだろう。長刀太夫、親の敵に遭遇。まっとうな手段で金を払って購入したものなのに、人はそうは見ないだろう。もしかしたら、自分でかわら版に売り込もうという腹かもしれない。
こんな不愉快な席にこれ以上いる義理はない。京楽は席をけって帰ろうとしたが果たせなかった。七緒の変化に目を奪われたからだ。
伊勢道場の名を聞いたとたん、ぐっと引き結んでいた唇が微かに緩んだ。頬にかすかに紅を帯び、ビイドロ細工のようだった目にも光がともる。そのさまは花がほころぶようにあでやかで、京楽はその視線の先にいる浮竹に思わず嫉妬した。
「懐かしゅうございます。ほんとうに……あの家を離れてから一度もみておりませんので」
七緒は身を乗り出して生き生きと浮竹に話しかけた。
「今、あの場所にお住まいなのですか。」
「ええ、妻と住んでおります。こいつもよく遊びに来ますよ」
「お庭の池はわき水なんですよ。ご存じでしたか」
「いえ、きれいな水だとは思っていましたが」
「お庭の端っこに枇杷の木とミカンの木はあるでしょうか」
「ええ」
「枇杷のほうはおいしいんです。でも、ミカンはちょっと……」
「これこれこれ七緒」
大前田は神経質そうに扇を打ち鳴らしてさえぎった。
「気のきかん奴よのお。親の敵とか、成敗っとさけばないと、もりあがらんではないか。つまらん、つまらんぞ」
「いいかげんにしろ。大前田」
酔って気が大きくなっている大前田は京楽の言葉など聞きもしなかった。
「七緒。もう一度かわら版に乗る機会をあたえてやっておる。はよう打ちかかって行かんか」
七緒は少し何か考えているようだったが、しばらくして顔を上げ、浮竹の前に手をついた。
「一手ご指南願えませんでしょうか」
「いや、しかし」
「ご迷惑だとは思います。剣士の方と打ち合っていただける機会は2度とないでしょう。どうかおねがいします」
頭を下げる。真剣な態度。
浮竹は黙って腕を組んだ。ためらっている。当たり前だ。こんな子に剣を振り下ろす気にはなれないし、かといって断るのもかわいそうだ。
京楽は声をかけた。
「ねえ七緒ちゃん。浮竹は、女の子に剣を向けちゃいけないんだよ。お父さんの遺言でね。僕でよければお相手するけど、どお」
七緒は微かにためらったが、京楽のほうに向き直り、深く一礼した。


[*前へ][次へ#]

5/22ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!