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京七小説
3 七緒
「失礼いたします。おまちかねのものまいりました」
「おお、来た来た。はーい、皆さん注目」
太鼓持ちは踊るような足取りでふすまに向かうと、一気に引き開けた。
「このこが七緒ちゃんでーっす。以後ごひいきに」
 静かに一礼した花魁を見て、京楽は意外に思った。 座敷を掛け持ちするほど人気者であれば、もっと存在に花があるものだ。たとえ黙っていても周りの注目を引きつけ離さない。
 ところが、今部屋に入ってきた花魁は、整った顔立ちではあるものの、ずいぶん影が薄かった。着物が地味なせいか、と思ったが、それだけ理由ではなさそうだった。 
 姉花魁に促され、あいさつ代わりに、と一指舞い始めても、謎は深まるばかりだった。動きの一つ一つは正確ではあるが精彩がない。それもからくり人形を思わせる生気のなさである。
 
 気になるのは、なぜ大前田はこの子を呼んだのかということだ。先ほどから大前田の周りに侍っている馴染みの花魁たちを見ると、そろいもそろってぽっちゃりとした愛嬌たっぷりの色っぽい女ばかりである。急に趣味を変えたとも思えないが。
 
 その謎が解けたのは、彼女が舞を終え席に酌をしに来た時だった。大前田がはじめて浮竹に話しかけた。
「この子がどなたかご存じか。浮竹どの」
大前田は返事を待たずにへらへらしながら言った。
「かわら版でも有名な、長刀太夫。こんな可愛い顔して7人殺してるんだ」
あのかわら版が出てから、何度も何度も同じことを言われているのだろう。七緒は表情一つ変えずに会釈した。
「まあ、殺してなんかいまへんえ。それに、まだ見習い」
あねさん花魁が混ぜ返す。
京楽はあらためて七緒を眺めた。
だらけきった酔客や芸者たちのなかにあって、彼女の周りだけ涼しい風が吹いているようだ。だがその硬質の美しさは、この場にはそぐわないものであるのも確かで、ひどく痛ましいものに思えた。
「まあいい。ほれ、お客に酌をせんか」
優雅なしぐさで七緒が浮竹の前に座ったとき、待ち構えていたように大前田が言った。
「七緒。実はな、今酌をしておるお人は、浮竹さんといってな。お前の伊勢道場をつぶして新しい道場をたてたんだ」
凍りついたように、七緒の動きが止まった。



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あきゅろす。
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