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京七小説
1 長刀太夫

『浮竹道場 護廷流剣術指南』
真新しい看板の前で京楽は足を止め、ニヤニヤしながらしばらくそれを見詰めた。一昨日遊びに来たときにはなかったものだ。まだ道場も改築途中で使える状態ではないし、一人の弟子がいるわけではないが、ここは道場であるとの宣言に友人の意気込みが伝わってきて、楽しくなった。浮竹と京楽は幼馴染で同じ時期に山本道場に入門し長年腕を磨き、技を競い合ってきた仲である。

浮竹が、売りに出ていた道場を買い取り、引き移ったのは先月のことである。浮竹の妻卯の花烈も、同じ山本道場の師範で懇意にしていたということもあって、京楽は何かと理由をつけて3日とおかずに遊びに来ている。今日も、まるで自分の家のように、門を通ると庭先へ向かった。
庭に面した縁側に腰掛けて、浮竹は瓦版のようなものをまじめな面持ちで読んでいた。
「なんだ、どこかで戦でも起きたか」
浮竹は、沈痛な面持ちのまま読んでいた記事を京楽に渡した。
意外なことに、それは花街通信であった。花街であった事件や花魁の人気投票や店の情報が載っている。その号には「長刀太夫、立ち回りの一部始終」という見出しで、見習い花魁が酔客7人を一瞬で取り押さえたことが面白おかしく書きたてられていた。
「その話知ってるか」
「もちろん」
京楽は面白そうに笑った。
「大評判だったよ。今一番予約の取れない太夫だってさ。実際にはその子は太夫ではなくて見習いだし、のした人数も3人くらいだったって話だが。大の男たちを長刀一本で取り押さえたんだから大したもんだ。そんでこれがなにか」
「最後まで読め」
下の段には、長刀太夫の生い立ちが描かれていた。家は代々小さな道場を営んでいたが、病気がちだった父が寝たきりになってしまった。弟子も次々と辞めていき、日々の食事にも困るような生活の中で、失意のうちに父は病死、母も後を追うようになくなった。道場の修復費用や両親の薬代等の借金は莫大なものとなっており、借金のかたに売られて見習い花魁として働くこととなった。云々
「これ読んで、ここの道場の話だと気がついた人がいてな。教えてくれたんだよ」
「ここと決まったわけじゃないだろ」
「いいや。買うときに聞いた話と符合する。ここはまえ伊勢道場って呼ばれてて、長刀を主に教えていたんだよね。あと当主が病気がちだったとか。その後のことは知らないけど、こんなことになっていたとはな」
浮竹は大きくため息をついた。
「かわいそうにな。病弱な道場主ってだけで身につまされるよ」
「やめてくれよ。縁起でもない。んじゃあ、今から花街に行かないか。この子を見に」
「あれ、大人気で予約を取れないんじゃ……」
「そうなったら、普通に酒を飲んでどんちゃん騒ぎをして帰ればいい」
「目的はそっちだな」
「大義名分はあるから、烈ちゃんに見つかったとしても、言い訳には困らない。こういういい機会はめったにないぞ」
浮竹は苦笑しただけで、また記事に目を落とした。だめか。京楽は肩をすくめた。


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あきゅろす。
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