京七小説
八 3
七緒は、京楽の奥襟を整える手を止めた。
迷子になって途方に暮れた子どものような声。
それは初めて聞く男の弱音だった。
その一言で、せっせと築いてきたはずの「上司と部下」という壁は敢え無く崩れ落ちた。
七緒は、おもわず京楽の背に身を寄せ、その胴に手をまわした。
「えっ。どうしたの。ななおちゃん」
「そのまま、聞いてください。」
そう言ってはみたものの、どうしたいのか、何を伝えたいのか、
七緒には自分でもよくわからなかった。
振り向こうとする京楽を押しとどめ、七緒は懸命に言葉を探した。
長年、師と仰ぎ父とも慕って来た人を失った悲しみを、
いやせるような言葉などとても思いつかない。
ああ、なんてもどかしい。
京楽はいつも、七緒の手に余る。
その体躯も存在も、そして抱える悲しみも。
あふれる思いをそのまま伝える方法が有ればいいのに。
その心の痛みを消すことはかなわぬまでも、
あなたに寄り添い、癒し、慰め、支えたいと願う女がここにいるのだと知らせたい。
結局、口から出たのはひどく月並みな言葉だった。
「いつでも、隊長のお力になりたいと願っています。それだけ知っておいてください」
胴にまわした七緒の手に京楽の手が重ねられた。
「ありがとう」
低い声が体温を通して聞こえた。
執務室の外にあわただしく行き交う気配がしはじめた。
もうすぐ誰かが、書類片手に執務室に駆け込んでくるだろう。
隊の編成の変更、人事異動、そして新たな敵の侵攻への備え
押し寄せるであろう仕事が次から次へと頭に浮かんだが、七緒はあえてそれらを頭の隅に追いやった。
今だけ。このひと時だけ。
七緒は八番隊で過ごした日々を思った。
そして自分にとって八番隊そのものであった男によりそい、静かに名残を惜しんだ。
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