京七小説
八 2
「ここでした」
七緒はゆっくりと文字をなぞる。丁寧に思いを込めて。
リサを失った時の喪失感から立ち直れたのは、八番隊が有ったからだ。
いつか戻ってくるであろうリサの為に、私がここを守らなくてはいけないと、
当時は大まじめに考えていた。
下っ端の身でずいぶん気負ったものだが、七緒にとってそれほど
確かなよりどころだった。
そして、その八番隊を体現していたのが、この男だった。
八番隊執務室の窓を背にたつ、この姿を、もう見ることはない。
そして隊が離れてしまえば、こうして二人で話すことも難しくなるだろう。
とうとうこの日が来てしまったのだ。
京楽が隊長でない八番隊は、何か自分の知らない場所になってしまうような気がする。
「くすぐったいよ。七緒ちゃん」
喉の奥で笑いながら京楽がかすかに身じろぎする。
この人にとって山本総隊長はゆるぎなくかけがえのない存在だったと思う。
ちょうど七緒にとっての京楽がそうであるように。
だが、その存在を失ってしまった。
その痛手を想像し、七緒は戦慄した。
慰めの言葉などかけようもなかった。
「最初の予想とは場所が違ったねえ」
「仕方ありません。着物で隠れて余り見たことが有りませんでしたから」
「そういえばそうか。全く。このあいだ新調したばかりだってのに、もう着おさめだ」
七緒が着せかけた着物を、京楽は緩慢な動きで肩に引きあげる。
「そういえば最後に山じいに叱られたのも、羽織がらみだったな」
「隊長三人が並んで叱られたとか。見たかったです」
「おや。意地悪だねえ」
「隊長が子どもみたいに叱られるところなんて、そう見られるものじゃありませんから」
「子供みたい、か」
その時のことを思い出したのか、京楽の声はひどく優しかった。
「そうだね。山じいといると、なんだかガキの頃に戻ったような気になれたよ
叱られていても、何かあったかいもので包まれている感じがしてたもんさ」
そして、ため息のように言い添えた。
「居なくなるなんて、おもわなかった」
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