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ルーラ・ヴェルアの非日常


科学組文。
ルーラが被害者。


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俺の名前はルーラ・ヴェルア。ザルカンタ軍本部の科学研究施設にて物理班の班長をしている。

具体的な説明をしたところで専門用語のオンパレードだ。一般人向けではないので省略する。まあ、簡単に言うと物理の研究をしている。


軍が国政を担うこの国において、本部の研究施設はいわば研究者の聖地。国から資金を得て大々的に研究ができる。あつまる科学者はみな天才的な人間ばかり、そんななかで班長という役割を持つことができるのは、我ながら素晴らしく名誉なことであると自負していたり。



毎日朝から晩まで、寝食を忘れるほどに研究に没頭する毎日。それはとても楽しく、充実している。輝かしい日々。だが、俺の日常は研究だけでは終わらない。終わってくれれば良かったのだが、残念ながら終わらない。


『天才科学者』。その響きこそ素晴らしいが、どうしてだろうかその肩書きを負う人間は常識を逸脱している。端的に言えば、変人だ。自分の知的欲求を満たすためには、どんな犠牲もいとわない。その標的がどんなに親しい仲であろうと、平気で被験体にできてしまう。


俺の日常はそんな天才科学者どもに翻弄されて終わる。俺はただ、平和に研究していたいだけなのに。そして今日も、そんな日常がはじまる。



「ルーラっ」


背後からの突然の奇襲。愛用のコーヒー片手に休憩中だった俺の肩にいきなり何かが飛び付いてきた。まあ、こんなことをする人間は一人しか思いつかないのだが。


「……ソルア。いきなり飛び付くなよ、コーヒーがこぼれただろうが」


洗濯したての真っ白な俺の白衣が、無惨にも茶色く染まっていく。煎れたてを煎れたこぼしたので正直かなり熱い。必死に耐える。


「いいじゃない。人間スキンシップが大事なのよ?それと、コーヒー飲み過ぎはカフェイン中毒になるわよん」


俺の肩にしがみついたまま、ソルアは指をたてる。いい加減重いし、耳元で喋らないでほしい。こそばゆいから。


「ほっとけよ。で、何?今日は」

どうせろくでもないことなのだろう。俺は腹のそこからわき出る倦怠感を飲み干して、彼女へ問う。

「ふふ。物分かりがいいわね。さすがルーラ」


ソルアが俺から離れる。肩からじわじわとかけられていた圧力が消えて、解放間を覚えるもつかの間。くるり、謎の一回転とともに悪戯に笑ったソルア。かけている眼鏡が不敵に光る。そして彼女の口から、悪魔の発言が紡がれる。


「臨死体験。してみない〜?」


「断る」


即決拒否。いきなりなんだこの女は。怖い。


「えぇ〜?なんでよ」


「俺に死ねというのか!」


「死なないようにしてあげるわよ」


「断る!」


口許に笑みを張り付けて、悪魔の誘い。確実に笑って言えるような発言ではない。手に持った注射器の中で物騒な色の薬品が揺れる。間違いなく人を死へと誘うであろうそれを俺の眼前でちらつかせる。


「そう……」


諦めたのか、しゅんと肩を落とすとソルアが残念そうに呟く。

一安心。

それもつかの間、ソルアは俺に向かって思い切り飛びかかってくる。速い。無理矢理地面へと押さえつけ、注射針を首筋へと向ける。

――やばい。


本能がそう告げる。血走ったソルアの瞳が、獲物を前に輝いている。これは暗殺者の目だ。
俺は全身全霊の力でもって彼女に抵抗する。おかしい、彼女の方が明らかに細くか弱い筈なのに。この力はなんなんだ。迫る注射針。嫌な汗が全身から湧き出る。


「嫌だあああああっ!!」


叫びながら、俺は無茶苦茶に腕を振り回す。自棄だ。我ながら情けないが、なんとしても生命の危機は避けたい。振り回した腕が、ソルアの右腕から注射器を振り払った。


「あっ……!」


彼女の手から離れた注射器は放物線を描き地面へと落下。パリン、と甲高い破壊音と共に砕け、中の液体が霧散する。
そして、最悪なことに。それは近くで事態を見守っていた部下へと直撃する。
薬品に触れた途端、それまで笑顔だった部下の顔色が一変。あっという間に蒼白へと変わり、彼は卒倒する。


「ビリー!!」


倒れた部下の名を叫んで、彼の下へ駆け寄る。あまりに真っ青な顔に不安がよぎるが、脈拍は正常、命に別状はないようだ。胸を撫で下ろす。しかし、


「ソルア!!こんな危険なものを人に試すなんて、どういうことだ!」


いくらなんでも度が過ぎる。大の大人を卒倒させる薬品。それの実験台にされそうになっていたとは、背筋が凍りつく。


「ルーラが逃げるから悪いのよー。それにしても、触れただけで倒れる程強いものじゃないはずなのだけど……」


悪びれる様子もなく、ソルアは首を横へ捻る。


「おいおい……」


投薬後の反応が予期できないような危険物を人体で試そうなんて、頭かおかしいんじゃないのか?
傍らの女性への疑念を募らせながら、未だ顔の白い部下の様子を見守る。


「なんだか、賑やかだね」


騒がしい研究室に、落ち着いた声色が響く。


「ジオさん!」


癖のある金の髪を無造作に伸ばし、白衣に身を包んだ細身の青年。幼さの残る顔のほとんどを前髪が覆っていて、表情はみえない。彼はこの本部の科学者を取り仕切る、一番の天才科学者だ。

ジオさんはゆっくりとした動作で研究室の惨状を確認すると、「またソルアの仕業?」と退屈そうに呟く。


「はい」と俺がうなずくと、即座にソルアが「違いますー!ルーラが嫌がるからですー!」と口を挟む。いや、待て俺は悪くないぞ。

「ふうん」


彼は此方の話しにはさほど興味がないようで、床に散らばる薬品をじっと見つめている。


「なにやら人に臨死体験をさせる薬みたいですよ。危険ですから、近寄らない方が……って!ジオさん!?」


何を思ってか、彼はおもむろに床の液体へと指を伸ばし、そのまま指先を濡らす。先程の部下の卒倒ぶりを見た俺は、血の気が引いていく。それだけに留まらず、薬品に触れた指先をぺろり、と舐めてしまう。


「わあああ!?駄目ですよっ!!」


触れただけであれだ、舐めるなんて、何が起こるかわからない。今にも、ジオさんの体はぐらりと揺れ地面へと倒れ込んで………いかない。


「へ?」


俺の方が卒倒しそうだ。心配をよそにけろっとした様子、涼しい顔で彼は何か思案に耽っている。


「ソルア。これ、不完全だよ。一定時間以上空気に触れたことで、酸化が起こったみたいだ。おそらく、混ぜる薬の量がわずかに足らなかったんじゃない?あと、酸化を防ぐ工夫もするべきだね。これじゃあ耐性のある人間を仮死状態にすることは難しい」


「なるほどー!ありがとうございます!」


ぽかん、と事態を見つめる俺を含めた研究員たちを他所に。つらつらと一瞬のうちに分析したのであろう内容を早口で告げる。常人では考えられない行動だ。ソルアもソルアで、何の疑問も抱かずに彼の言葉を熱心に聞いている。

なんて奴らだ……

気が遠くなる。
一人の研究員が、床に散らばった薬品に触れる。安全性を視認したことにより好奇心のままに行動したのだろう。


「あ、それ、耐性のない普通の人間が触ったら普通に卒倒するから。気をつけてね……って、遅かったみたいだね」


どさり、音をたて、先程の研究員が白目をむいて地面へと転がった。俺は言葉を失った。


あわてて運ばれてく彼らを他所に、ジオさんとソルアはなにやら話込んでいる。
ああ、あの人間たちはきっと、俺たちのような一般人とは別の、一歩中に浮いたような世界を生きているのだろう。

遠い目で、異世界の住人たちをぼんやりと見つめているとその会話が耳に入ってきた。


「うん。これで完成、かな。さっきよりも確実かつ安全に、仮死状態にすることができるよ」


「わあー!さすがですジオさん!!早速試してみますね」


どうやら試薬が完成したらしい。本当に、仕事が早い。というかその事しか考えていないのだろう。
ご機嫌な様子でソルアが近づいてくる。うん、良かった。なにはともあれ薬品は無事完成したのだ。試したくてうずうずしているのだろう。あとでその成果でも聞かせてもらおう。


ん?


ここで、一気に悪寒が走る。何も終わっていなかった。彼女の目的は最初から薬品の完成などではない。その効能の確認。そして、その被験体は………。


時すでに遅し。目の前に満面の笑みのソルア。ふわり、彼女から甘い香りを感じた、その瞬間。冷たい感触と、鋭いわずかな痛みを首筋に感じたのであった。



白んでいく風景。遠のく意識。急激に冷えていく体温。

ああ、こうして俺の平穏で素晴らしいはずの日常は、天才科学者たちの手によって、俺のもとから遠ざかっていく。





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