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東部支部長のお仕事

軍人組小話
彼らの日常


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今日も今日とて仕事だ。

退屈でしかたがない。そんな面持ちで、ハル・グレイジオンは目の前の書類に投げやりなサインをした。

ああ、面倒だ。とても面倒だ。窓ガラス越しに見える青空はこんなにも澄んでいて、暖かな陽気は絶好の散歩日和だ。にもかかわらず、自分はこの狭苦しい仕事部屋で溜まりにたまった書類の相手をしなくてはならない。俺はお前らの恋人ではないのだぞ。


「仕事を溜めたのはハルさんの自業自得でしょう。」


目の前の部下はそんな上司の仕事ぶりに呆れた口調だ。こちらを監視するその目はじっとりと湿気を含んでいる。そんな目で上司を見るのはどうなのだろうか。


「でもさぁ、ルカ。こう毎日毎日部屋にこもって書類みて……普通飽きるでしょ。やってらんないでしょ。ほら、仕事なんてさぼってなんぼだよね。」


「ハルさん。」


「……はいはい。」


ルカの視線が殺気を帯びてきたので、諦めて再び書類へと向かう。

「いつもいつも仕事さぼって抜け出して……探す俺の身にもなってくださいよ。仮にもあなたはここの責任者なんだから。」

ぐちぐちと文句を言うその口は閉まることを知らないようだ。支部長補佐という彼の仕事に対する責任感と、持ち前の真面目さからルカも苦労が絶えないのだろう。ストレスだってあるかもしれない。大変だなぁ。その苦労の原因は自分にあるのだけれど、それは気にしないことにする。


だがしかし。終わりの見えない紙束の山と、部下の説教。視覚と聴覚を襲う二方向からの攻撃はまるで地獄のようだ。

もう耐えられない。


「よし!すまん、ルカ!」


謝罪の声とともに勢いよく立ち上がると、後方の大窓に向かって素早く走り出す。


「ちょ、ハルさん!?」


不意をつかれ驚愕するルカをよそ目に、窓ガラスを開け放つ。吹き寄せる風に心地よさを感じながら、そのまま飛び出す。ちなみに、ここは3階。


すべてを放棄し飛び出した上司が華麗に着地を決めるのを見届けて、ルカは大きなため息を吐いた。

「まったく……あの人は……」



うん。やはり今日は良い日だ。暖かい陽気が気分を晴れやかにする。ちょっとした気分転換だ。半日くらいぶらぶらしたらちゃんと戻るから、起こるなよ。ルカ。


「あれ、ハルさんじゃないですか!」


高い声色。元気をそのまま形にしたような声に振り向く。すると興味深い面持ちでこちらを見る少女と青年の姿。


「お、アリネとセルジュじゃん。なにしてんの?」


「それはこっちのセリフですよ。仕事はどうしたんです?」


声をかけてきた方の少女、アリネはさぞかし不思議そうな瞳をこちらへ向ける。


「んー、ちょっと休憩。」


「休憩って、まだ午前中ですよ。またさぼりですか。」


今度は落ち着いた声色の青年、セルジュが苦笑いを浮かべる。御名答だ。


「あーあ。ルカかわいそう。ダメですよ、仕事しなきゃ。」


「気分転換だよ。ほら、切り替えと集中って言うだろ。効率よく仕事をするには適度な気分の切り替えが大切なんだよ。」


「はいはい。じゃあそういうことにしますね。」


セルジュがうなずく。なんだか軽くあしらわれている気がしないでもないが、気にしないことにする。


「そういやお前らはここで何をしてたんだ?」


「支部長への書類を運んでたところです。私だけじゃ持ちきれないので、セルジュにも手伝ってもらっちゃいました。」


にこにこと告げるアリネ。その手元を見ると、大量の紙束が抱き抱えされている。傍らのセルジュも同様だ。


「そっかー、ご苦労さん。」


そう言って、はっとする。いま、なんといった?


「すまん、今、どこへの資料って言った?」


「ハイ。支部長の、ハルさんへの資料ですよ。」


「お仕事頑張ってくださいね。」

二人の満面の笑みを見て、俺は脱兎のごとくその場を去った。あの量はなんだふざけるな。俺を殺す気か。
現実逃避したい。


超スピードで過ぎ去る景色には目もくれず、がむしゃらに走る。逃げたところでどうにもならないのはわかってはいるが、認めたくない事実もあるのだ。


突如、足元への違和感。
それを感じるや否や、俺は地面へと叩きつけられた。走っていた勢いが慣性となり数メートルのスライディングをする。


「痛った……」


腹部を強打した衝撃に涙目になりながら、違和感の正体を確認する。足首に絡み付いたワイヤー。先端には菱形の重りがついていて、それは見慣れた武器の形。


「やっと捕まえましたよ。」


悪寒。振り向かなくてもわかる。放たれる氷のような殺気は、先ほど振り切った部下から発せられていることを。


「や、やあルカくん。元気かな?」


おそるおそる振り向く。そこにあるのは笑顔だった。それも、明確な殺意を孕んだ魔王のものだ。


「はい。退屈しない支部長様のお陰でとてつもなく元気ですよ。さぁ、部屋へ戻りましょうか。じゃないとこのままこの足を引きちぎりますよ。」


きりきりと、絡み付くワイヤーがきつく絞められていくのを感じた。脅しじゃない、真剣だ。こいつは本当に片足とおさらばかもしれない。
身の危険に背筋が凍る。


「わかったわかった!わかったから止めて!まだ五体満足でいたい!仕事しますから!」


俺も必死だ。上司も部下も関係ない。最終的には土下座だってする。できる。


「わかりました。」


静かに告げると、ルカは足のワイヤーを外す。ゆっくりと近づいてくると、逃がさないように今度はそのワイヤーでしっかりと両腕を固定する。


「また大量に仕事が来てますからね。終わるまで外には出ないでください。」


「はいはい。」


拘束されて歩く、その姿はさながら犯罪者だ。待っているのは無限の書類地獄。足取りは重い。

うららかな日差しが一変して憎らしい。嘲笑うかのような晴れやかさだ。こちらの気分は曇天だといいのに。



さようなら、陽気な太陽。
こんにちは、陰気な紙束。


今日も今日とて、仕事なのだ。




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