エスケイプ アンド ハイド9 ◆ 「逃げられてしまったな」 ディルが地下通路を進む頃、雪景色の地上にて。相手の気配と手がかりが完全に消失したことを確認して、ギルがつぶやいた。 「そうだね。残念」 作戦失敗だ。悔しさなど微塵もにじませずに、軽いながらも淡々とした口調でライトは答える。隻眼からは先ほどまでの鬼気とした輝きは消え失せ、興醒めたといったようだった。 「ここで仕留められれば楽だったんだけどなあ。仕方ないね。サクラたちに合流しよう」 「……」 「ギル?」 返事のないギルを振り向くと、なにやら考え事をしているようだ。 「おーい、ギルってば」 「む、ああ。すまない」 「どうしたのさ、浮かない顔しちゃって」 「いや、なんでもない。あれが兵器か、と思ってな」 「なに? まさか情がわいちゃった? やめてよね。ギルのそういう優しいところは好きだけど、任務に支障が出るのは駄目だよ?」 「いや、違う。そういうわけではない。ただ、奴を視たとき、奇妙なものを感じただけだ」 「奇妙なもの?」 「ああ。言葉にしがたいのだが。確かにあれは化け物だ。姿形こそ人間だがその本質はおぞましく歪んだ、破滅と混沌だ。しかし、それだけじゃない。他にも何か、別の何かが混じっているように感じられた」 「別の何か、ねえ」 「それが何かは判らない。けれど、それが悪いものには感じられなかった。だから、こそ奇妙に思えたのだろう。……気にしなくていい。些細な違和感だ。任務に支障は来さないさ」 「わかった。他にも何か視えたものがあったら教えてね」 「了解した」 「さーて、早いとこの地を発とう。寒すぎてたまんないや」 ライトは小さく身震いをする。 「う……」 小さなうめき声が聞こえた。 「あ、起きた?」 「……ライト……さん?」 目を覚ましたダズが掠れた声を震わせる。 「やっほー。さっきはごめんね?」 久方ぶりの同士との再会を素直に喜ぶ。そんな至極自然な笑顔でライトは手を振った。それがこの状況に置いてなによりも不自然であると、ダズは瞳を鋭く尖らせて、動かない身体を起こそうとする。 「一体、どういうことですか……どうして、あなたたちがここに」 「さっき言った通りだよ。俺たちはハンターとして、なすべきことをするためにここに来た」 「彼を、殺すつもりですか」 「ああ」 声に躊躇いはない。 「ダズ。君は彼の驚異を間近で見たんだろう。なら、君も俺たちとともに戦うべきだ。あれは生かしていい存在ではない。どうして迷う必要がある」 「……っ」 ダズは言葉に詰まる。その心中のいかなる葛藤も、ライトは不要と切り捨てる。 「まあ、君の意志なんて関係ないけどね。もう少し協力してもらうよ」 ライトの瞳が妖しく煌めく。その途端、ダズの身体は急激に重くなり、霧が立ちこめたかのように思考が霞んでゆく感覚に襲われる。 「さあ、君たちの城に案内してもらおう。行こうか、ギル」 「ああ」 雪の大地を踏みしめて彼らは歩み出す。 その身に宿る意志は一つ、違えた正義を正す為に。 [*前へ][次へ#] [戻る] |