エスケイプ アンド ハイド8
「この先にあるのは軍の中央司令部。総統閣下がおわす、軍の中枢だ。軍の有する最高の機関と、それを束ねる至高の天才たちがここに在る」
軍の中枢。真っ直中にもほどがある。大丈夫。そう彼は言うが、考えるほどに無謀に思える。彼らにとって敵であり驚異である自分が万が一見つかりでもしたら、その時は己だけでなくティズイヴの身も危険にさらすことになるのではないか。
「そんなところでお前を匿うってのは、ちと無謀にも思えるよな。けど、それが狙いでもある。自分たちの心臓部に敵を迎え入れるやつがあるわけない。そんな極刑必至の愚作をする人間が、我々の中に居るわけがない。そういう『まさかそんなわけがない』という考えが中央には根付いている。だから、この作戦は相手の意表を突く妙案でもあるわけだ。まあ、リスクのでかすぎる無茶な策であるというのは否定できないけどなあ」
自信が背負う危険を解った上で、それでもティズイヴは笑顔を崩さない。それが彼の身体に刻まれた多くの経験が創り出した確固たる自信からきたものなのか、はたまた彼の剛胆と脳天気が紙一重となった精神が生み出したものなのか、その審議は不明である。
「……いくらなんでも危険すぎるだろう。俺の力が暴走しない保証はないんだぞ」
今の自分は彼について行く他ないことはわかっている。それでも、あまりに大きすぎるリスクは進む足を引き留める。
「怖いのか?」
核心をえぐる言葉だった。ティズイヴの瞳はまっすぐディルを見据える。穏やかな雰囲気は失わぬまま、しかし先の笑顔と打って変わって、その隻眼は鋭く。揺らぐ感情の芯をしっかりと捉えていた。
「それは……」
ディルは言葉に惑う。
自身の心を問われることに、そしてそれに対する解の導き出すことに、彼はまだ戸惑いと躊躇いを禁じ得ない。
「なーんてな、怖いと思う心は人間として当然のものだ。自分の胸の奥にわき上がる感情を否定する必要はない。むしろ、そういう当然の感情をお前が示してくれることが俺は嬉しい」
ディルは瞬く。
彼が何故こんなにも自分をまっすぐに見てくれているのか不思議でならなかった。昔からの縁があるとはいえ、血のつながった家族でもない、同じ人間ですらないただの兵器である存在にどうしてそんなにも真摯に向き合おうとするのか。まるで本当の我が子のように一人の人間として接してくれる彼らの在り方は、非合理的で危機感に欠ける。 けれど確かに、それに救われている自分がいる。
「お前たちは父子揃って変なことを言うんだな」
「変? 何がおかしいと言うんだ?」
言葉の意図にぴんときていないらしく、ティズイヴは首を傾げる。
「いや、別にいい。忘れろ」
「そうか? それはそれとして。力の暴走に関しては心配はいらないぞ」
「どういうことだ?」
「すぐにわかるさ。ついてきてのお楽しみってやつだ」
ティズイヴは何故か誇らしげに胸を張る。
「一筋縄ではいかないだろうが、まあ何とかなるだろう」
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