はじまりの来訪8
「あぶない!」
ベルトが思わず叫び声をあげた、その瞬間。
一迅の風が巻き起こる。
それと同時に振りかざされた猛獣の腕が、虚空へと大きく舞いあがった。
「――――!?」
あまりに一瞬の出来事に、何が起きたのかと呆然とするベルト。
周囲の時が止まったかのように感じられていたが、地に落ちた猛獣の腕と、先ほどまでそれがあったはずの場所から吹きあがる血しぶき、次いで猛獣の悲痛なまでの呻き声がべルトを現実へと引き戻した。
「こんな所にいたのか」
聞こえてきたのは、聞き覚えのない少年の声。
今度は何かと、声の主へと目を向ける。
そこには月明かりを受けて揺らめく白銀の髪。鋭い翡翠の眼光。冷徹なまでに落ち着いた空気を帯びた、ひとりの少年の姿があった。
「ディル!」
間一髪で猛獣の剛腕から逃れたディーナが安堵まじりに声を上げる。
ディルと呼ばれた少年は彼女を一瞥すると、すぐに先ほど切り裂いた猛獣へ視線を向ける。同時にディーナも脚のホルダーから収納していた二つ目の拳銃を取り出し、身構える。
片腕を奪われた猛獣は苦しそうに呻き、残る三本の肢体で必死に身を支える。なおもその瞳には獲物を求める本能がぎらめいていたが、もう飛び上がるほどの力は残っていないようだった。先ほどまで腕があった場所からは絶えず血が溢れ出ていて、猛獣の生命を確実に奪っていた。
「……!」
ディルは無言のまま瀕死の猛獣を見据え、右腕で大きく空を切る。その瞬間、右腕の動きに呼応するように大気が揺らめき、鋭い風の刃が放たれる。暴風をまとったその刃は容赦することなく猛獣へと叩き込まれる。
もはや猛獣に抵抗の余地はなく、その体躯は一瞬で切り裂かれ、肉塊にかわる。
猛獣を引き裂いた風が収束するとともにばらばらに飛び散った血肉が雨のように降りそそいだ。
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