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黎明のこえ9
 名簿に続いて、何枚か別の資料が綴られている。一枚めくりあげると、そこにはまだ幼さの残る少年の写真が貼り付けられていた。囚人服のようなぼろぼろの衣服に身を包み、うつろな視線をこちらに向けている。写真の横には名簿に記されているものと同様の個人データが乱雑な筆跡で書かれており、それ以外の欄にはびっしりと実験の履歴が書き込まれていた。残虐なまでの人体実験の記録だ。

「あれ……?」

 被験者たちの資料の中に、見覚えのある面影があった。
 他の被験者たちと同じように鼠色の布を纏った少年。太陽のような金色の髪。諦めに濁った橙の瞳はおびえた色を滲ませている。
 
 つい先日任務で顔を合わせた。あどけないほほえみが思い出された。
 まさか、そんな。

 資料に記された名前が、見知った軍人の名と一致する。

「ハルさん……?」

 どうして、彼の名前がここに。
 見間違えではない。人体実験の被験者の記録、その中にいる少年は確かにハル・グレイジオンそのものだった。軍人として東部支部を統率している彼が、かつて軍の人体実験の被験者だったとは。
 思いも寄らぬ事実に、資料を持つ手が震える。

 記憶の中にある彼の印象はまるで太陽のように明るく、それゆえにこの陰惨な記録とうまく結びつけることが出来ない。
 文章が物語る、慈悲の一つも感じられない所業をその身に受けて、その根元たる軍を恨まないはずがない。しかし、いまなお彼は軍に身を置いている。恨むべき存在にその身を捧げている。
 そこにどんな感情があるのか、考えようと思考を巡らし、しかし答えを導き出すことは遂にかなわなかった。ディーナの理解が及ばなかっただけではない。突如として襲い来た衝撃によって、その思考は断念されたのだ。

「なに!?」

 どこかで轟音が鳴るとともに、施設そのものが四方から揺さぶられたような大きな揺れ。幸い、しっかりと固定された資料棚が倒れることはなかったが、そこに置かれているだけの多くの資料がその振動によって宙へとまき散らされる。
 散乱した紙が床一面を覆い尽くす頃には、彼女は事の次第を理解していた。今の音はおそらく爆発音だ。この建物のどこかで大きな爆発が起きたのだろう。
 今ここにいるのは、潜入している自分たち三人のみのはず。そして、
建物を揺るがすような爆発を起こせる者はこの中にはいない。施設内のなんらかの装置が作動したか、あるいは……。

 衝撃によって作動した警報機が、甲高い音を鳴らしている。おそらくこの音は、外のリイラたちにも聞こえているだろう。彼女の幻術のおかげで周辺にいた軍人たちに感づかれる可能性は低いだろうが、警報が作動しているならば建物に異常があったことが軍へと伝わっていることが考えられる。
 ゆっくりと調べ物をしている余裕はなくなってしまったようだ。リイラの術にも限界があることを考えて、これ以上騒ぎが大きくなる前に撤収する方が良いかもしれない。
 
 ディルとダズはどうしているだろうか。先程の爆発音が気がかりだ。ずっと感じていた嫌な予感が具現化していくかのようだった。心臓の音が速まり、息苦しさを感じる。


 こうしてはいられない、はやく皆と合流しないと。




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