黎明のこえ8
『重要機密』そう書かれた皮の表紙が、本棚の裏側そのわずかな隙間にひっそりと隠れるようにして存在していたのだ。手前にある資料を取り出していなければ見落としていただろう。薄くかぶった埃をはらって、ディーナはゆっくりと表紙をめくる。
厳重に鍵のかけられた資料室、そのさらに奥の機密。人の目にふれることのないように隠された中身の示す事実は、レオの立てた仮説を支持するには十分すぎるものであった。
『核の精製実験』
『生命体への適合実験』
『核所有の生命体の発生実験』
めくられるページに記されていたのは、数々の実験記録であった。多くの専門用語を織り交ぜて綴られていたのは、別の資料に記された理論を検証するために行われた数多くの試行。軍が核を有する生命体を生み出そうとしていたという事実だった。
「……」
ざっと資料に目を通すと、多くのページにおいて記録を記した文書が赤い罰印によって上から塗りつぶされている。実験の失敗を意味するその印は何十、何百にも及んでいた。その印に添えられて、実験の犠牲となった動物たちの無惨な写真。思わず目を覆いたくなる残虐な光景だった。
無機物から抽出したコアを無理矢理体内に入れられたのであろう、その拒絶反応によって原型をとどめないほどに変質してしまったマウスの写真。
生命はコアを持たない。それはこの世界の仕組みなのだ。コアと生命を融合させることはその仕組みに反することであり、当然その負荷に動物は耐えられない。生々しい犠牲が物語る。彼らがしていることは、自然に背くこと。世界の理に反してコアを持つ生命を産みだそうとすることは、
ゆるされることではないのだ。
しかし、ディーナはその目で見てしまっている。軍の実験は成功してしまっているのだ。この世界の理に反する存在はすでに誕生してしまっている。
本来生み出されてはならない存在。そんなものが世界に溢れてしまったら、なにが起こるかわからない。
このまま放っておくわけにはいかない……。
いやな予感がする。
漠然とした、しかし確かな不安。重く立ちこめた黒い霧が足下を漂うような、落ち着かない感覚。
兎に角、この資料のことはしっかりと報告しなくては。ここで得た情報は、今回の任務の貴重な成果だ。
まだほかにも有用な情報があるかもしれない、もう少し探してみよう。
ディーナは他の本棚にも目を移す。
すると、かさりというかすかな音とともに一つの資料が落下した。
「なにかしら」
資料の間に挟まっていたようだ。拾い上げて見てみると、たくさんの名前が羅列している。
被検体一覧。資料の右上にそのように記されていた。
「人体実験の、記録……!?」
験体ナンバー、人名、年齢、身体的特徴が一覧で記録されている。子どもから大人まで、そこに記されているだけて10人。被験体として実験に参加した人間のデータが記されていた。先頭のナンバーは30と記されている。ここには30番から40番の人の名前。つまり、少なくて40人、もしくはそれ以上の人間が実験に参加したということだろう。
そこに記された名前の多くが、上から赤字で罫線が引かれている。そしてその脇に書かれた『死亡』の文字。これから判断するに、被験者が死亡するような被人道的な実験が行われていたのだろう。
「ひどい……」
軍のやっていることは、明らかに黒だ。こんなことが許されてよいわけがない。
資料はずいぶんと古びていて黄ばんでいる。もうずっと昔に行われた実験なのだろう。現在も同じような実験が行われているのだろうか……。
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