長い夢のエピローグ15
「な、何……」
突然頭を下げられ、またしてもリサは混乱する。この男が一体何を考えているのか、皆目見当も付かない。
「私は貴女を迎えに参ったのです」
「は……?」
男は折り曲げた身体を起こすと、怪訝に眉をひそめたリサに向かってその目を細めた。
「言ったでしょう? 再び出会った暁には、貴女の求める答えを差し上げると」
「待ってよ。意味が分かんないって……」
「身を持って実感したはずだ。貴女の居場所は其処にはもうないことを」
「……!」
歪んだ男の瞳が、リサの心を抉った。突き出された現実を否定することが出来ない。これ以上かき乱されてはいけない。リサは視線を男から逸らし……そして地に転がった首と目が合い、その眼差しが網膜に焼き付く前に再び視線を宙に逃がした。さまよった視線は行き場をなくし、結局男の方に向けることを選ばされる。
「目を逸らしてはいけない。現実はしっかりとその目を開いて、見て、受け入れるしかない。だけど、悲観してはいけない。貴女の居場所がこの世界のどこにもない訳ではない」
赤い瞳が鈍く光った。
「本来あるべき場所へ戻るだけさ」
男の手が、リサへと差し出された。品の良い真っ白な手袋に覆われた大きな手だ。その姿が、かつての記憶と重なる。ひとりぼっちだった自分を救ってくれた、あたたかな掌。
「私のもとへおいで」
「……」
差し伸べられた手を取ることは、果たして正しいことなのか。おそらく、この手を掴んでしまえばもう戻ることはできない。その先にある未来に、いままでのようなぬくもりは存在しないだろう。しかし、それが解っていてもなお、リサの心は選択に揺れる。
「君の居場所は、此処にある」
「……居場所」
自分のいるべき場所は、どこなのか。本当に必要とされて、誰の邪魔にもならなくて、誰かのためになれる場所はどこなのか。考え続けて、わからなくなった。存在そのものが忌み嫌われる、あってはならない、そんな私に、本当の居場所なんてないのではないか。
考えるのは、もう疲れた。
手を伸ばす。ゆっくりと、伸ばした指先に掌がふれる。
「君の選択に、感謝するよ」
そう告げた声は、驚くほどやさしくて、ぽかんと空いてしまった心の隙間を埋めてくれるような、居心地がよいものだった。
「――おっと、時間がないみたいだ。感づかれてしまった」
「え?」
ふいに顔を上げ、男は何かを呟いた。
それが何を意味するのか、わからずその表情を見上げると、男はぐいとリサの腕を引いた。
「さあ、行こうか」
微笑んだ男の周囲の空気が揺れた。繋がれた腕を通して、自分の身体が揺らいだ空気に溶けていく感覚。ぼんやりとした靄が思考を遮っていく。
景色が次第に薄れ、遠ざかる。
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