長い夢のエピローグ14
「……た、すけ……て」
急速に体温が奪われていく。全身の血液が凍り付くような感覚。
乾いた唇からやっと漏れた声は、誰にも届くことなく消えていく。
そう。助けなんて来ないのだ。
あたしはここで一人、誰にも知られず死んでいく。
恐怖が体中を支配し、絶望が目の前を真っ黒く染め上げていく。
そんなの嫌だ。死にたくない。まだ生きていたい。
まだ、あたしは何も……返せていない。
こみ上げてくる想い。だけどそれを叶えるための希望は、今まさに振り下ろされようとする刃を前になんと儚いものだろうか。
諦め。目を閉じる。走馬燈のように思い出される、過去の光景。自分の居場所は、確かにそこにあったのに。幸せな日々、手に入れたたくさんの宝物たち。だけど、何よりも失い難いものは、手放したくなかったものは……。
「――おやおや、危ないところでしたね」
声とほぼ同時に降り注いだ、生温かい感覚。
ねっとりとまとわりつくような、不快感が肌を伝う。その不快感が、意識を現実に引き戻す。訪れるはずだった終わりの瞬間が遠ざかっていく奇妙な感覚がした。
いったいなにが起こったというのか。それを知るためにリサは閉ざした瞳を再び開き、そして驚愕した。
目の前には、先程まで彼女への明確な殺意を振りかざしていた男の姿。地面に突っ伏すようにしたそれは、まるでこちらに深々とお辞儀をしているよう。しかし、明確な違和感。地面にぴったりとくっついた首、その先、それが完全に消失していたのだ。代わりに、そこからどくどくと流れ出た真っ赤な液体が、大地を不気味な鮮やかさで染め上げていた。その光景ははっきりと、男の絶命を現していた。
「――っ」
先程まで自分を殺そうとしていた男の変わり果てた姿、今まで見たことのなかったような残酷なその変貌を前に、リサは気が遠のくようだった。続いてこみ上げてくる吐き気を必死で押さえこむ。
衣服を染め上げた赤色と、目の前の死体が一致し、言いようのない不快感、それにも勝るほどの恐怖と嫌悪感が彼女を襲った。
何がいったいどうなったのか。怒濤の出来事に思考が追いつかない。異常なまでに脈うつ心拍が、呼吸を早めて息苦しい。
「大丈夫かな?」
再び聞こえてきた声が、思考の渦に飲まれそうなリサを再び現実へと引き戻した。全く知らないようで、だけどつい最近どこかで耳にした事があるような。
視界に移った男の色に、答えはすぐ解った。血のように鮮やかな赤。否、大地を染め上げる生々しい赤色よりも、それはもっと美しく穢れのない、純粋な赤だった。それはあの時、町で出会った赤を持つ男だった。
「な、んで……あんたがここに……?」
そう問いかけるリサの声が震える。
目の前に立つ男の手には、血に塗れた細い剣。無惨な姿となって地面へと倒れ込んだ死体の首をはねたものだろう。この赤い男が、先程の男を殺したのだ。そして、それによってリサは命を救われたことになる。
状況をなんとか飲み込んで、リサはまっすぐに赤い男だけを見た。その他のものが視界に入らないように。
「太陽王の結界を破る際、運悪く余計なものまで紛れ込んでしまったようだ。そのせいで君には怖い思いをさせてしまったね。済まなかった」
「は……?」
前回と変わらず、男の口から出る言葉は訳の分からないものばかりだ。質問に答えて、とリサは男を睨んだ。
「質問とは?」
「なんであんたがここにいるのかってことよ……!」
「成る程」
そう言うと男は不敵にその口元を歪めた。そして一歩一歩、ゆっくりとした足取りでこちらへと歩み寄ってくる。ぴちゃり、血だまりが居心地の悪い音を立てた。そこに転がる肉塊は気にもとめず、男は何の躊躇いもなく踏みつけていく。
リサとの距離が僅かになったところで、男の赤髪がゆらりと揺れた。右足を引き、大げさな動作でその右手を身体に添える。そして深くその腰を折り曲げ、こちらに礼をする。
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